水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア短編小説 坪倉家前の駅ホーム <4>

2013年08月11日 00時00分00秒 | #小説

「いつも思うんですが、この鉄道、面白い名前の駅が多いですね、課長」
 突然、なにを思ったのか、右横の底村がクスクス…と含み笑いをした。
「ああ…」
 坪倉としてはどうでもいいことで、、面白くもなんともない。いや、それよりも、駅の前にあった今日の我が家・・それが現実なのかどうなのか、頬を抓(つね)ってみたい気分なのである。よくもまあ、シャーシャーと笑えるもんだ…と次第に怒れる坪倉だった。
『まもなく犬鼻(いぬばな)~、犬鼻でございます。北横線(ほくおうせん)は乗り換えとなります』
 そのとき、車掌がふたたび、独特の名調子で車内アナウンスを流した。このアナウンスも昨日までと少しも変わらない。となれば、やはり今の状態は現実なのか? いや、待て! 俺の家は駅の前なんかじゃない! そんなとこには断固としてないぞ! こうなったら、会社で地図を調べてやる! 坪倉の脳裡にパソコン画面で住所地図を検索する自分の姿が浮かんだ。そして、これですべてを理解できるはずだ…と坪倉は確信した。幸い、今日は早朝会議以後のスケジュールは空いていた。課内の決裁は、たかが知れている。パソコンで検索する余裕は充分あった。
 列車が犬鼻駅に着くと、多くの乗客が降りた。それと同時に多くの乗客が乗り込んできた。それまでの間に坪倉と底村は空いた席へ余裕を持って座ることができた。
「この駅へ着くと、やれやれですね。僕は少し寝ます」
「ああ…」
 底村が目を閉じた。坪倉にはどうでもいいことで、会社じゃないんだから、いちいち了解をとるなよ! と、そんな底村を煙たく思えた。


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連載小説 代役アンドロイド 第289回

2013年08月11日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第289回)
『今日は何にしようか?』
「んっ? ああ…いつもの献立なら、なんでもいいさ」
『味気ないわ。せめて、和洋中くらい言ってよ』
「すまん! …じゃあ、和食で…」
『はい、分かりました』
「分かったんだ…」
 土曜が巡り、保はすっかり疲れ果て、応接セットの長椅子に横たわったまま無気力に言った。飛行車の最終実験を無事終え、総責任者としての責務を無事果たした安心からの脱力感も無論あった
 夕食がテーブルに並ぶと、保は無造作に食べ始めた。今では沙耶が作り、それを、さも当然のように食べるという繰り返しが生活リズムの一部になっているのだ。沙耶が製造される以前は道具片手にカップ麺を啜る生活が続いていた。保はその頃をすっかり忘れてしまっていた。
『どう?』
「どうって…上手いよ。いつものように完璧さ」
 沙耶は、馴れって人間の最大の敵ね…と、考えるでなく思えた。そして、私がいなくなっても保、大丈夫かしら? と、ふたたび漠然と思った。沙耶のこの頃の思考は後天的学習機能により、かなり高度の知能を有するまで高められていた。
『浜辺へ運ぶの、いつだっけ?』
「ああ、飛行車か…。教授の話じゃ今週末だってことだ。5パーツに分けて梱包し、運送会社に頼むらしい。また、教授から話があるだろう」


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