水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア短編小説 坪倉家前の駅ホーム <3>

2013年08月10日 00時00分00秒 | #小説

「課長、来ました!」
 前の景色を見ながらぼんやりと坪倉が考えていたとき、いつもの六両編成の列車がホームへ流れるように入ってきた。列車が停車し、プシュ! と音がして自動ドアが開くと二人は乗り込んだ。このパターンはいつもと変わりなく、坪倉は少しの違和感も感じなかった。車内はある程度込んでいて、座席は埋まっていたから、好都合だ…とばかり坪倉は家の方角を向いて吊革を持つことにした。底村も上司の横に従った。
「君さ、前に何が見える?」
「何がって…、いつも見る建物ですよ」
「それって、おかしかないか? 俺の家が見えないのさ」
「そりゃそうでしょうよ。課長の家は数百m離れてるんですから」
「えっ!!?」
  お前! さっきは家の前に駅があるっていったじゃないか! と、少し矛盾を感じた坪倉だったが、そのままスルーした。自分の視覚もおかしいから、
人のことはいえなかった。
「私、なにか変なこといいました?」
 底村はマジで問い返した。
「いや。だったか? …だよな」
「はは…やっぱり、なんか今日の課長、おかしいです」
 自動ドアが開き、新たに次の駅の乗客が乗り込んでくると二人の会話は途絶えた。坪倉はまだ今朝の展開が信じられず、夢の中だと思えていた。
『皆さま本日は山猫鉄道をご利用いただきまして誠に有難うございます。この電車は土竜(もぐら)まで各駅に停車して参ります。次は犬鼻(いぬばな)~~、犬鼻~~』
 毎日聞いている車内アナウンスを車掌が流暢(りゅうちょう)に語りだした。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載小説 代役アンドロイド 第288回

2013年08月10日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第288回)
『それも、廃棄されスクラップ直前のをね。車庫証明とか保険がかかると、保や長左衛門にバレるわよ』
『あっ! そうでした。私(わたくし)、そこまで考えておりませんでした。すみません、以後は留意いたします』
『謝ることはないわよ。まあとにかく、その辺りまで済ませておいて。移住は今の所から離れた場所がいいわね。飛行車でそこまで、ひとっ飛び! 保や研究室の連中には悪いけど、どちらにしろマスコミ隠しのシロモノだから、大騒ぎにはならないと思うわ』
『なるほど…。では、準備万端は私が一つずつ片づけておくことにします』
『よろしくね。さて、次の連絡だけど…、保の飛行実験が来週末に終わったら、するわ』
『となると、来週の木曜も正午ですね?』
『ええ…。それじゃ、これで帰るわ。』
 この前のように、沙耶の姿は言い終えるのと同時に長左衛門の離れから消え去っていた。
 それから数日が経ち、三井は律儀に沙耶との約束を一つずつ熟(こな)していた。緻密さに関しては人間の比ではなく多少、沙耶のメカには劣る三井だったが、ほぼ完璧なまでの準備を周到に整えていった。沙耶の方は、自分が消えた後、保が困らないよう家事全般の整理とマニュアル作りを保に分からないよう秘密裏に行っていた。保が戸惑わずすぐ対応できる詳細マニュアルである。それをバイナリファイルでプログラムし、アスキーファイルのパソコンソフトとして組み込んだのである。むろん、自分の音声と映像入りだ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする