水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

納涼・特別寄稿 短編小説集(7)  価値[value]

2013年08月02日 00時00分00秒 | #小説

 ティアラ貴婦人が厚化粧貴婦人にアドバイスした。
「あら! そうざま~すわね。高々、1億2千万…」
「それに、なさ~ましな」
「ええ、じゃあ…。あの~う! これね」
 厚化粧貴夫人はガラスケースを指さし、まるで召使いのように後ろに従って直立する若い女性店員に指示した。
「かしこまりました…」
「お支払いは、いつものようにね」
「はいっ! あの…お付けになられますか?」
「えっ? 今日はその気分じゃないの。包んでちょうだい」
「分かりました…」
 何度も通う常連と見え、話は滑(なめ)らかに進んで、なんの違和感もなく10分後には二人は店の外を歩いていた。ティアラ貴婦人は買い求めた小袋を提(さ)げ、自慢げだった。皆さん、見てちょうだい、とばかりにわざと振るその袋も、ただの紙袋ではなく、純金+ダイヤモンド装飾の袋である。これだけでも軽く数百万は越すと思われた。老貴婦人二人が歩く前方には二名、後方にも二名の黒サングラスをした頑強なガードマン達が黒背広服で貴婦人達を守っていた。まばらに通り過ぎる人々は、まるで有名人を見るかのように立ち止まり、二人に視線を向けた。
「お食事にしましょうか? いつものお店で・・」
 買物でテンション高めの厚化粧貴夫人がティアラ貴夫人に提案した。 
「ホホホ…左様でござ~ますわね」
 二人はしばらく歩き、馴染(なじ)みの、とある高級料理店へと入った。店頭には会員制の看板がかけられていた。一般客は入れない店だった。決められたかのように四人のガードマンは店前で立ち止まり、一歩も動かずガードした。
 約1時間後、超A級の食事を終えた二人は満足げに店を出た。氷のように店前で立ち尽くしていたガードマン達は、まるで機械が再起動するかのように前後二名づつに分かれ、貴婦人達をとり囲んで歩きだした。やがて二人の老貴婦人達は、待たせた高級車に乗り込むと、街をあとにした。
 時は流れ、三年が経過したとき、世界の情勢は一変していた。人類は食糧不足の飢餓状態へと突入していたのである。すべてが文明という名のもと、食糧生産を軽(かろ)んじ、飽食を続けた末の代償(だいしょう)ともいえた。
 街は荒(すさ)み、人々は飢えに苦しんでいた。食べ物の物々交換が当たり前の世界に変化していた。街路には浮浪者の姿が溢(あふ)れていた。その中に、ティアラ貴婦人、厚化粧貴婦人の姿もあった。だが、ボロ着を身につけた窶(やつ)れた姿には、かつての輝きを見てとることはできなかった。ただの老婆の姿がそこにはあった。当然、過去にいた4人の頑強なガードマン達の姿も消えていた。二人の老婆は露天でパンを買い求めていた。
「商売の邪魔だ! 食い物もってねえなら、さっさと立ち去りな、ばあさん!」
「まあ! なんざま~す!! ばあさん、ですって? 失礼な!!」
「だって、あんたら、ばあさんだろうが! ばあさんにばあさんっていって、なにがいけねえんだ!」
 荒(すさ)んだ露天商の男に二人は言い返せず、沈黙する他はなかった。
「あの~、お願いですから、そこのロールバンを一袋、いえ、二個だけこの宝石と換えて下さ~まし。これ、1億2千万いたしますことよ」
「1億2千万だと!? 馬鹿いっちゃいけねえ! こんな宝石100個、200個積んだって、このパン1個の価値もありゃしねえよ。ほら、そこに落ちてる石ころと同(おんな)じさ」
 二人は意気消沈し、トボトボと、その場を去ろうとした。
「待ちな。ほれ、これひとつ、くれてやるよ。俺も助けられたことがあるからな。さあ、早く行きな!」
 二人はパンを受け取ると涙を流しながら立ち去った。男の足元の石ころの横に、一つの宝石が転がっていた。

                     THE END


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連載小説 代役アンドロイド 第280回

2013年08月02日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第280回)
『ですよね。…分かりました、では、そういうことで。この前のように離れの外でお待ちしております』
 そう言うと、三井は静かに携帯を切った。沙耶にとっても好都合だったのは、この一件で頭が一杯だったことである。
 その頃、研究室の保は、ようやく飛行車の最終チェックを終えようとしていた。
「フゥ~! どうやら100%、上手くいきましたね、但馬さん」
「実際は99.97~100.03%なんだけどね。それに、上手くいかないと僕が困るよ」
「いや、私も困ります」
 保と但馬の問答が続く。
「なに言ってるんだ君達。私が一番、困るよ、ははは…。なにせ、大学には極秘裏に進めてる研究なんだから…」
「大学には、どうゆうたはるんですか?」
 後藤が例ののんびりした関西弁で教授に突っ込んだ。
「んっ?! まあ、適当に言ってるんだがね。都合よく自動補足機の一件があったから、そう根深く訊(き)かれないのが助かる…」
 事実、研究室の研究費は削られることなく、自動補足機騒ぎで三倍増額されてからは据え置かれていた。
「あとは最終搭乗実験ですね、教授」
 但馬が、いつもの小判鮫ぶりを発揮しだした。
「ああ、そうだね…。場所に関しては私がもう決めてるんだ」


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