坪倉のかかりつけの総合病院は尾振(おぶり)の駅から徒歩で5分ばかりのところにあった。だが坪倉は、そんなに近い病院ですら、現実に自分の目で見てみなければ安心できない疑心暗鬼に陥っていた。家、会社と二度もズレていた経緯をたどれば、坪倉が思う位置に病院が存在しないことも充分、有り得たからだ。
早朝会議を早々に切り上げ、坪倉は早足で病院へ向かった。右折左折して徒歩5分、病院は記憶の位置にあった。
「おおっ!」
坪倉は思わず安堵(あんど)の声を漏らしていた。よかった…と素直に思えた。
「妙ですねぇ~。別に悪いところは見当りませんが…」
二、三の簡単な検査を済ませたあと、女医は笑みを浮かべていった。
「そうですか…。あのう…つかぬことをお訊(き)きしますが、営林開発は駅前に以前からありました?」
「えっ?」
場違いな質問に女医は一瞬、面くらった。
「あっ! ああ…。そこの会社ですか? ええ、五年前からあるようですよ。この病院が出来たときにはあったって聞いてます」
「そうですか…」
「それが、どうかされました?」
「い、いえ、別に…」
これ以上いえば変人に思われる危険性もあり、すぐに坪倉は否定した。
「そうですか…。お疲れなんでしょう。目薬をお出ししておきます」
女医は優しい笑顔でそういった。
代役アンドロイド 水本爽涼
(第292回)
「はい!」
誰彼となく返事が飛んだ。
「それにしても、こんな軽量で飛ぶとは…。回転ファン制御機能による推進と揚力安定装置…画期的な発明ですよ、教授!」
小判鮫ぶりを大いに発揮して、但馬がヨイショする。
「…まあねえ。ただ、自動補足機の二の舞で気落ちしたくはないんだよ、私は…」
ノーベル賞がボツになった過去の苦い記憶が山盛教授のトラウマになっているようだった。
「毎度、有難うございます!」
梱包された荷が運び出された直後、明るい軽快さで運送会社の社員と思しき男達が数名、ドアを開け賑やかに入ってきた。
「ああ、ごくろうさん。荷は廊下に出してある。壊れモノだから慎重に運んでくれたまえ。場所は言っておいた場所だ。これが別荘の鍵だから、玄関へ運び入れて待ってもらいたい。私達も、すぐ行く」
「分かりました、それじゃ、先に行ってますんで…」
鍵を受け取った責任者風の男が帽子の庇(ひさし)に軽く手をかけて会釈すると、他の男達も、それに倣(なら)った。
その後、二時間ばかりが経過し、研究室全員の姿が大磯の別荘前に現れた。
「おっ! 来てるな…」
車を降りながら但馬がボソッと言った。来てるのは当然だがな…と保には思えたが、何も言わなかった。
別荘前には先ほどの男達が一列縦隊に並んでいた。なんか妙な光景だな、と保は思った。