「あら…今朝も早いわね?」
[ああ、まあな…]
城水は里子の言葉にギクリとしたが、表面上は平静を装った。冷静さは、見破られない偽装工作の一つだった。突発時の対応策の一つ<暈(ぼか)し>突発時の対応策の二<口合わせ>に続く第三の矢<平静(シカト)>である。シカトとは、若者の間でここ数十年の間によく使われるようになった流行語で、無視することを意味する。よく言えば、軽く受け流し、何もなかったように平静に対応する所作である。指令から送られたデータには、そうしたこの国の社会知識なども含まれていた。
「パパ、おはよう…早いね」
雄静(ゆうせい)が眠そな顔でキッチンへ現れた。新聞を読む城水は、やはり平静さを装った。
[ははは…早起きは三文の徳だ、雄静]
城水はデータ知識で得ていた古い慣用句を使った。
「なに、それ? …」
小学一年の雄静には分かるはずもなく、そのまま洗面台へと消えた。
いつものように朝食が済むと雄静が家を出た。城水はそのあとしばらくして家を出た。雄静のあと家を出る・・という行動パターンはデータの一部として指令から送られていた。だから城水には、そう意識する必要もなかった。この行動パターンは城水にとって二日目だったが、詳細はデータで送られていたから、城水の中ではすでに馴染(なじ)んでいた。