車→約1kmの坂→駐車場→徒歩で駅→鉄道→学校・・と、すべては前日、城水の中へ記憶されていた。
ここは坂道下の交番である。いつものように坂道前を藻屑(もくず)巡査と昆布(こぶ)巡査が警らしていた。毎朝の日課である。そこへ、坂道の上から城水が運転する車が下りてきた。いつもの見馴れた光景だからか、二人とも、さして気に留めず、笑顔で敬礼して見送った。そのときだった。
「あれっ? 何かあったんですかね、城水さん?」
藻屑が訝(いぶか)しげに昆布に訊(たず)ねた。
「どうしたんだい?」
「妙ですね。今、城水さん、真顔(まがお)でしたよ…」
「真顔?」
「ええ、笑ってられなかった…」
「そりゃ、そういう日だって誰でもあるだろう、君」
昆布は老巡査の風格で返した。
「そんなもんですかね…。初めて見たなあ、城水さんの真顔。何かあったのかなぁ~」
「そんなこたぁ~どうでもいいんだよ、君。民事は不介入だったろ?」
「ええ、まあ…」
藻屑は首を傾(かし)げたが、昆布の言葉で頷(うなず)いた。
校門を潜(くぐ)る城水を待っていたのは、受け持ちの生徒、到真(とうま)だったが、この段階で城水は、まだそれを知らなかった。思えるのは、一面識もないこの生徒が、なぜこんな早く登校しているのか・・という疑問だった。