齢(とし)というのは子供の頃は増えるのが楽しいが、妙なもので、齢を重ねると気鬱(きうつ)になってくる。年老いてからは、齢なんぞ取りたくない…などと毛嫌いし、忘れたいと思うようになる。とくに女性の方々は妙齢になられると、齢を訊(たず)ねられるのを、まるで不吉な前兆のように忌み嫌われる。^^ まあ、男性の場合でも、少しは若く見られたい…と、年老いて白髪や禿(はげ)た部分を染めて隠すという努力をしたりする。私だってその一人だ。^^
とある寄席である。一席が終わり、落語家、昔々亭今輔は、深い溜め息を一つ吐(つ)きながら楽屋へと最近、頓(とみ)に重くなった足を運んでいた。思うのは、「…だってさぁ~、まだ若いんだよっ!?」と着替えながら強がり、世話係の二つ目の弟子、明日(みょうにち)に言い返された「師匠っ! もうお米なんですから…」のひと言だった。「…お米っ!? お米って、なんなんだよぉ~!」と逆に言い返したまではよかったが、「お米っ!」「…お米っ!?」となり、「米寿ですよっ、米寿っ!」「…米寿って、アノ米寿かいっ!?」「そうですよっ! その米寿っ!」「…八十八の?」「はい、八十八の…」「…誰が?」で、落語のようにお終いとなった問答だった。今輔は昨年、芸術選奨で表彰されたものの、未だに人間国宝には、なれないでいた。米寿の齢を迎えた今年も、「私ゃねぇ~、ははは…芸が拙(つたな)いからさぁ~」と弟子達に悪びれることなく宥(なだ)めたのである。しかし、ただ一つ、愚痴が出るのは、「齢だけは嫌だ嫌だっ! 忘れたいよ、忘れたい…」だった。そんな今輔だが、今年もコロナにもめげず、高座に上がり続けているのである。^^
完