物は使いようという。馬鹿とハサミは使いようともいう。要は、効果的な利用法を知っていると便利だということだ。
岡崎は使い古した一本の歯ブラシを見て、ふと思った。捨てるのは、もったいない・・かといって、このまま使うのは革靴のブラシ代わりか、取れにくいこびり付いたシミ、フロアの汚れ・・などである。どれも、それ用に使っている以前の使い古された歯ブラシがあった。各持ち場に配置される定員は一名と決まっているから、この歯ブラシの就職先はなかった。岡崎は、はて、どうしたものか? と思案し始めた。だが、コレ! という閃(ひらめ)きも浮かばず、まあ取り敢(あ)えず美味いシナモン・ティーでも啜(すす)りながら考えるか…と、ゆったりキッチンへ向かった。
茶菓子を頬張り、シナモン・ティーで寛(くつろ)ぐと、妙なもので、ふと閃(ひらめ)きが起きた。そうだ! 歯ブラシは毛が擦(す)り減って使えなくなったんじゃない…と思えたのだ。岡崎はもう一度、使い古した歯ブラシを手に取り、マジマジ・・と見た。すると、あることに気がついた。それは、歯ブラシの繊維で出来た毛の一本一本に変化が生じていたという点だった。正確にいえば、中央の部分の繊維毛は以前の初期状態のままだったが、歯が当たっていた周囲の部分の繊維毛は歪(いびつ)に広がり、直立していなかった・・ということである。岡崎は、この歪な繊維毛を無くせばOKじゃないか…と、単純に思った。岡崎は、カッターナイフで周囲の繊維毛を切るか…と、最初、思った。だが、手間取りそうに思えた。そのとき、また岡崎は閃(ひらめ)いた。サンダー[自動研磨機]があるじゃないか! と。岡崎はさっそく、シャァ~~っと音を立てながらサンダーで歯ブラシの毛の歪な部分を削(けず)り取った。案に相違して、作業は殊(こと)の外(ほか)、短時間で終了した。歯ブラシの繊維毛が人口繊維だったこともある。サンダーとの接触熱で容易(ようい)に溶け落ちた・・ということだ。丸く尖(とが)りがないように周囲を削り、岡崎は歯ブラシのリサイクルを果たした。試(ため)しに一度、磨(みが)いてみたが、使い勝手は良く、満足して道具で出したサンダーを収納した。岡崎はサンダーを仕舞いながら、こういう利用法もあるか…と考えるでなく思った。そのとき、奥から母親の声がした。
『紙に書いておいたから、いつものお買いもの頼むわねぇ~!』
「ああ!」
岡崎は母親の上手(うま)い利用法で利用された。
完
さて、どうしたものか…と棚牡丹(たなぼた)は腕を組み、考えていた。中途半端な時間で、今からやれば昼は回ってしまうことは目に見えていた。かといって、昼を回れば具合が悪いのか? と考えれば実はそれほどでもなく、昼食が遅れる・・程度のことだった。天気予報は明日の午後から降る・・と伝えていたから、やるとすれば、今日なのだ。降りだす明日では具合が悪かった。掛時計を見ると11時半ばである。やればできる! と意気込み、家の中の雑事は後回しにして棚牡丹は剪定作業の準備を始めた。よくよく考えれば、剪定を今日、必ずしなければならない・・ということでもなかった。だが、棚牡丹は道具を出し、作業を始めた。棚牡丹の読みでは小一時間かかるだろう…だった。案に相違して、剪定作業は15分ほどで片づいた。なんだ、やればできるじゃないか…と棚牡丹はニタリとし、道具を仕舞い始めた。そのとき、ふと棚牡丹の目に樹木の幹(みき)にこびり付いた苔(こけ)が目にとまった。放っておいても取り分けどうということもないのだが、そこから朽(く)ちる・・ということも有り得ない訳ではない。腕を見ると、まだ昼まで15分ばかりあった。やればできる! と棚牡丹は意気込み、水バケツとブラシを準備して苔を取り始めた。すると妙なもので、10分ばかりで幹にこびり付いた苔は、綺麗に洗い流された。なんだ、やればできるじゃないか…と棚牡丹は、ふたたびニタリとした。腕を見ると、昼にはまだ5分ばかりあった。そのとき、ふと棚牡丹の目に、浮き上がった塀(へい)板が見えた。一ヶ所、釘(くぎ)が抜け、浮き上がっていた。棚牡丹は、やればできる! と1本の釘と金槌(かなづち)を出し、板に打ち込んで修理した。腕を見れば昼にはまだ2分ばかりあった。なんだ、やればできるじゃないか…と棚牡丹は、またまたニタリとした。
昼になったが、取り分けてどうということもないまま、棚牡丹は昼にした。
なにごとも、やらなければできず、やればできる・・のである。
完
竹皮(たけかわ)は家を探(さが)していた。
『確か、この辺にあったはずだが…』
そう巡りながら、竹皮は辺(あた)りの家並みを見回した。以前来たのは十数年前だったから、少しくらいは変わってるだろう…と竹皮は踏んでいた。その踏み加減は甘かった。全然、踏めていなかった。踏むどころか浮き上がっていた。竹皮が探す家並みの情景は一変していたのである。まったくと言っていいほどの知らない建造物がところ狭(せま)しと林立(りんりつ)していた。竹皮は迷路に迷い込んだような錯覚(さっかく)に陥(おちい)った。困った挙句(あげく)、ここはひとつ訊(たず)ねるしかないか…と、竹皮は前後左右と人の姿を探し始めた。すると上手(うま)くしたもので、買い物帰り風の老婆が、乳母車をゆっくりと押しながらこちらへ近づく姿が見えた。渡りに舟…と竹皮はその老婆へと近づいた。
「あの…つかぬことをお訊(き)きいたしますが…」
「はい、なんですかのう?」
老婆は竹皮に声をかけられ、乳母車を止めると、徐(おもむろ)に答えた。
「確か…この辺りだったと思うのですが、毛孔(けあな)さんというお宅はございませんでしょうか?」
「毛孔…珍しい苗字(みょうじ)のお宅ですのう…。わしゃ、この在(ざい)に60年ばかり住んでおりますがのう、毛孔などというお宅は…」
老婆は語尾を濁(にご)し否定した。
「そうですか…。どうも!」
竹皮は仕方がない…と諦(あきら)め、老婆に軽くお辞儀すると歩き始めた。そのときだった。
「ちょっとお待ちくだされ…」
竹皮の後ろ姿に、今度は老婆の方が声をかけた。竹皮はギクッ! と立ち止まり、振り向いた。
「あなた…もしや竹皮さんでは?」
「はいっ! そうですが…」
怪訝(けげん)な面持(おももち)で竹皮は老婆の皺(しわ)がれた顔を見た。
「ほう! やはり…。煮物(にもの)の婆(ばあ)でごぜぇます。探しておりましたが、このようなところでお会いできるとは…」
「おお! 婆やっ!」
かつて、竹皮家で家政婦をしていた煮物ふきだった。
「立ち話もなんでごぜぇ~ます。ほんそこが婆の家でごぜぇ~ますから、そこで、ゆっくり…」
「はあ…」
竹皮は探していたが探され、婆によって食べられた。
完
日曜の朝、アレコレと一週間分の家の雑事を片づけていた峰岡は、ふと、何もしないとどうなるか? …と思った。恐らく、家の中は汚れた洗濯物で溢(あふ)れる。する、しないは別にして、腹は当然、空(す)くから、食べない訳にはいかない。何もしないのだから、買い溜(だ)めた食べ物も減ってくる。そうこうするうちに、食べ物は底をつくことになる。戦国時代で例(たと)えるなら、大軍勢に囲まれ籠城(ろうじょう)する武将に等しい。
「申し上げますっ! 二の丸が敵の手にっ!」
「なにっ! 本丸は死守するぞっ!」
というような事態が想定される訳だ。峰岡がそんなことを思いながらシナモン・ティーを飲んでいると、『ピンポ~~ン!』と玄関戸のチャイムが響いた。
「はい! 今、開けますっ!」
ドタバタと峰岡が玄関へ急ぐと、半透明サッシの玄関戸に人影が映っていた。
『宅急便で~す!』
峰岡が施錠を外(はず)して玄関戸を開けると、宅配員らしき若者が荷物を手に持ち、立っていた。三日ほど前にデパートで買った特売品のお掃除ロボだった。自分はなにもしないで、機械ロボットに掃除をさせよう…というのが峰岡の目論見(もくろみ)だった。峰岡は梱包(こんぽう)からお掃除ロボを出し、ニヤリ! と北叟笑(ほくそえ)んだ。
ロボに掃除をさせ始めると、峰岡はゴロンとフロアに寝転び、その動き回る姿を片肘(かたひじ)ついて楽しんだ。ところが、である。しばらくすると、お掃除ロボはピタッ! と止まり、その後は動かなくなった。峰岡は手にしてアレコレ弄(いじく)ったが動く気配はなかった。買ってすぐ、故障かっ! と峰岡は怒れたが、怒っていても仕方がない。峰岡は梱包し直すと、送り返すべくデパートに電話をかけた。デパートも信用に関わる問題だから、すぐ取り換える旨(むね)の返答をし、送るか直接、持ってきてくれるよう峰岡に告げた。峰岡は宅配で送り返したあとの帰り道、何もしない訳にはいかないのか…と思った。帰宅した峰岡は、溜息(ためいき)を吐(つ)きながら箒(ほうき)でせっせとフロアを掃(は)き始めた。
完
通勤日の朝である。真竹(まだけ)は毎朝のように床(とこ)を出ると寝具を整えて衣類を着始めた。ところが、である。いつもは背広のズボンにあるはずの定期入れ[プリペイド型定期券など]が見つからない。真竹は焦(あせ)った。いつも1時間の余裕を持って起きる真竹だったから、遅刻するほどではなかったものの、いらぬ時間を取られることは必定だった。真竹は考えた。アレコレ持ち歩くと何かと手間がかかるから、身軽がいい…と。朝、せびろを切る前、まずハンカチ、ティッシュ、手帳、腕時計、頭髪用の櫛(くし)、財布、定期入れ、車のキー・・などを確認するのが真竹の生活リズムとなっていた。加えて、ワイシャツの汚れ、財布の中身など・・つまらない諸々(もろもろ)の気回しも必要だったから、真竹はある意味、通勤が重荷になっていた。そんなとき、今朝の定期入れの一件が起きた訳である。真竹は朝食のトーストをモグモグと食べながら定期入れを探し続けた。当然、トーストは真竹の口に咥(くわ)えられ、真竹とともに移動しているといった図である。だが、なかなか定期入れは見つからなかった。しばらく探してはキッチンテープルの椅子に座り、スクランブルエッグや野菜を適当に食べ・・いや、この朝の真竹の場合は小鳥のように啄(つい)ばみながら、探し続けた。まあ、仕方がない! 今朝は買うか…と、ついに真竹は諦(あきら)め気分で決断した。腕を見ると、まだ20分ばかりの余裕はあった。真竹は改めて、身軽がいい…と思った。
玄関で靴べらを手にし、真竹は、ふと靴箱の上を見た。置き物の前に定期入れが楚々(そそ)とあった。んっ? なぜこんなところに? …と真竹は解(げ)せなかったが、まあ、あったんだからいいか…と、そのまま施錠して駐車場の車に乗り込んだ。
それ以降、真竹は身軽を心がけている。必要品は、ほぼ勤務先のロッカーに保管され、真竹が持ち歩くものは必要最小限の物だけとなった。人は生まれたときは身軽で、死ぬときも身軽に死ぬんだ…と真竹は定期入れを見ながら欠伸(あくび)をした。
完
夕暮れが近づいていた。仕事に没頭していたため、井坂は夕飯のことを、すっかり忘れていた。腹が空いたことに気づいた井坂は、ふと、酢豚が無性(むしょう)に食べたくなった。豚肉はパックの買い置きが冷蔵庫にある。ピーマン、ニンジン、シイタケ、それにタマネギも冷蔵庫の野菜棚に入っている。よしっ! と井坂は意気込んで掛け時計を見た。5時過ぎだった。キッチンへと向かった井坂は冷蔵庫から野菜類を出し、適当な大きさに刻(きざ)み始めた。酢・大さじ5、醤油・大さじ5、砂糖・大さじ3、酒・大さじ5だな…と、検索したレシピどおりに準備をした。続いて、豚バラ肉を適当な大きさに切った。さあ! 準備はすべて整ったぞ! …と井坂はニヤリとし、レシピのメモを見た。が、そのときである。井坂は、あるものがないことに気づいた。片栗粉である。確か、この中に…と探(さが)したが見つからない。井坂は焦(あせ)った。切られた豚バラ肉は塩コショウに身を窶(やつ)し、今か今かと出番を待っている。最後の化粧用の白粉(おしろい)がないので困っている。開演は迫(せま)っていた。いつもは滅多(めった)と使わない出番の少ない片栗粉だったが、酢豚に片栗粉は欠かせない。だが今、欲しいときになかった。しかも、他の野菜キャストは全員が揃(そろ)っているのだから、幕が上がらない・・というのも妙な話に思えた。井坂は懸命に、いや、必死に収納棚、小棚、調理カゴ・・と探した。だが、やはりどこにも片栗粉は入っていなかった。日はすでに西山へと没(ぼっ)し、緩(ゆる)やかながらもオレンジ色の薄闇(うすやみ)が辺(あた)りを覆(おお)おうとしていた。井坂は決断した。ひとっ走り! …と、買いに出る決断をしたのだ。
井坂が住むマンション近くには、幸いにもス-パーがあった。井坂は急いで店に入った。
「すみません! あいにく切らしてまして…。明日(あした)には入ります」
店員はペコリ! と頭を下げて謝(あやま)った。明日では遅(おそ)いんだよっ!! と井坂は内心で怒れたが、思うに留(とど)めた。
「そうですか…」
井坂はテンションを下げ、店を出た。別のスーパーが2店、あることはあった。井坂はスーパーへ車を飛ばした。
「おかしいなあ…。えっ? ああ、そう…。お客さん、さっき売れたそうです」
ひと袋、残っていた片栗粉は売り切れて、なかった。ここで初めて井坂の心は無慈悲な現実に諦(あきら)めへと傾き始めた。井坂が店を出たとき、すでに辺りは暗かった。さあて、どうするか…井坂は迷った。そのとき、出番を待つ刻まれた野菜スタッフ達の顔が井坂の脳裏を掠(かす)めた。よしっ! ここは、やる他ないっ!! 井坂は、ふたたび決断し、最後のスーパーへと車を飛ばした。片栗粉はっ!! …あった!! ぅぅぅ…と瞼(まぶた)に涙を浮かべ、井坂はレジで握りしめた片栗粉を買った。
「どうされました?」
「いや、別に…」
訝(いぶか)しげに訊(たず)ねる店員に、井坂は小声で返した。
マンションへ帰り、電気をつけると、開演への調理が始まった。スタッフや準備は整っていたから、調理は殊(こと)の外(ほか)スムースに短時間で終り、井坂が待ちに待った酢豚は無事、完成した。井坂が味見をすると、実に美味(うま)かった。これでっ! …と井坂は意気込んだ。そして、皿に盛り付けた酢豚をテープルへと運び、井坂は満足げに夕飯を済ませた。洗い場で食べ終えた食器を井坂が洗い始めたそのときである。目の前に、探していた片栗粉の袋ち始めたが、美味かった酢豚に救われ、溜飲(りゅういん)を下げた。
完
鱈腹(たらふく)は食堂で友人の控目(ひかえめ)と合い席で昼の定食を食べていた。鱈腹はハンバーグ定食を早々と食べ終えると、いつものように月見ウドンを頼んだ。控目もハンバーグ定食を食べていたが、食べ終えると席を立った。
「じゃあ、お先に…」
控目は鱈腹にそう挨拶して出口のレジへ向かった。
「あっ! そうですか。どうも…」
いつものことだったから、鱈腹は別に気にすることなく控目へ単に言った。レジで控目はハンバーグ定食の料金¥700の硬貨をきっちり支払うと店を出た。ここで、鱈腹と控目との間に支払い料金と時間差が生じた。
控目は会社へ早く戻(もど)ると鱈腹との間で出来た十数分の合い間を利用して、あるコトをしていた。日々変動する株価のデータ解析である。
「おっ! そろそろ、買いどきだな…」
控目はパソコンのキーを叩き、株を買い増した。
一方、その頃、食堂の鱈腹は月見うどんを食べ終え、¥700+¥400=¥1,100の札一枚と硬貨を支払って店を出た。控目の財布には千円札と僅(わず)かな硬貨が残り、鱈腹の財布には僅かな硬貨だけが残っていた。
この二人の差は、ほぼ一定のぺースで日々、続いたから、累積差は莫大なものとなっていった。
そして気づいたとき、控目は会社の大株主となり、執行役員に迎えられていた。一方の鱈腹は肥満ぎみの腹を気にしながら、相変わらずハンバーグ定食と月見うどんを食べ続けている。
完
課長補佐の川久保は、書類を手にコピー機へ向かいながら、馬鹿とハサミは使いようか…と、ふと思った。ならば、利口な場合はどうする? と、また思った。利口は、いろいろと対応を考える。馬鹿のようにスンナリ右から左へとは動いてくれない。その対応が、使おうとする者にとって厄介(やっかい)だったり、場合によると邪魔になってしまうのだ。左から右に動かれ、反発を食らうことも覚悟せねばならない。考えるなっ! とも言えず、難儀(なんぎ)なことになる訳である。かといって、馬鹿ばかりだと仕事にならない。
「君、これ…済まんが、ついでに頼むよっ!」
課長の豚原(ぶたはら)は、営業先へ向かおうと席を立った餌場(えさば)に声をかけた。豚原の手には一通の封書が握られていた。
「はいっ! ポストへ入れておきます…」
餌場は快(こころよ)く引き受け、封書を受け取った。私用ながら、豚原は課長という目に見えない地位の差を利用して餌場を使ったことになる。餌場は馬鹿ではないが、豚原によって利口に使われた・・ということに他ならない。この二人の話を同じ課の川久保は書類のコピーをしながら見聞きしていた。そのとき、川久保は思った。課長は利口に餌場を使った訳だな…と。川久保は今、昼をどこで食べようか…と、豚原を使おうとしていた。豚原は食い道楽で食い馬鹿だったから、使えるはずだ…と川久保は使おうとしたのだ。
「これ、プレゼンの書類です。あとでお目通しください」
「んっ? ああ…」
「おっ! もう、こんな時間か。課長、昼、どうします? いい店が近くに出来たんですがね」
川久保は豚原を使い始めた。
「いい店か…じゃあ、行ってみるか」
豚原は川久保によって上手(うま)く使われそうになった。毎度のことながら、豚原はプライド上、部下には必ず奢(おご)ってくれた。川久保が上手く使ったというのは、その癖(くせ)を見逃さなかったことである。事実、川久保はこの日も絶品の食事をゲットした。
馬鹿と利口を上手く使えると、世間はスンナリと生きられる。
完
ここは無用山存在寺の境内(けいだい)である。朝からポクポクポクポク…と木魚の音が本堂から聞こえてくる。この辺(あた)りに土地勘がない壺坂は木魚の音に釣られ、探している家をこの寺で訊(たず)ねよう…と思い立った。なんといっても、寺なら詳(くわ)しいだろうと踏(ふ)んだ訳だ。
「あの…」
壺坂は本堂の戸をスゥ~っと音もなく壺坂は開け、呟(つぶや)くように遠慮気味の声を出した。
「!? …はい、どなたですかな?」
木魚を叩(たた)いていた僧侶(そうりょ)らしき出で立ちの男は、壺坂の声にギクリッ! としたのか木魚を叩(たた)くのを止め、振り返りながら腓(こむら)返った声で言った。壺坂はその声に明らかな感情の乱れを見て取った。修行が全然、足りんな…と、一瞬、壺坂には思えた。
「恐れ入れます。通りすがりの者ですが、つかぬことをお訊(たず)ねいたします。この辺りに宗吉(むねよし)さんという家はございませんでしょうか?」
「宗吉さん? でございますか? さあて…お聞きしないお家(うち)ですな。当方の檀家(だんか)さんにはございませんが…」
いつの間にか腓返った声を元に戻(もど)し、僧侶とほぼ思(おぼ)しき男は霊験(れいけん)あらたかそうに襟(えり)を正すと、僧侶らしく言った。
「さよですか、どうも…。生憎(あいにく)、この町には親戚筋がないものでして…」
「ほう! なるほど…」
「そこの交番ででも訊ねてみます…」
「どうぞ、お好きなように…」
僧侶らしき男は、初めからそうすりゃいいじゃないかっ! とでも言いたげに、霊験を失った俗っぽい感情の乱れた声でそう言った。壺坂は、まあこの程度の寺か…と感情の乱れで思った。
感情の乱れは人々を危(あや)うくする。冷静になれるコツを体得することが世間で沈まない秘訣(ひけつ)なのかも知れない。
完
テレビがいろいろな党のいろいろな質問と、政府によるいろいろな答弁を映し出している。
「ほう! …委員会か」
委員会の名が瞬間、口に出ず、吉川は暈(ぼか)すように呟(つぶや)いた。
「日本は細々(こまごま)と党が多いな…。これじゃ選べんから票が少ないはずだ…」
最近、海外から日本へ帰国した吉川には今の政治が分からず、好きなように言えた。しばらく観てテレビを消すと、吉川はキッチンへと向かった。小腹がすいたから何か食べよう…と思ったのだ。冷蔵庫の中には細々といろいろなものが入っていた。アレもいるだろう…コレもいるだろう…と選ばず適当に買ったからか、相当な量が入っていた。まあ海外じゃ、こんなものさ…と、吉川は自分の行動に無理やり正当性を持たせ、納得した。
適当に食べようと思っていたが、案に相違して何を食べるかで迷い、殊(こと)の外(ほか)、時間を取られた挙句(あげく)、結局、カップ麺になった。細々とあるのは迷うし腹が立つ…と吉川は、また思った。カップ麺を食べ終えると、久しぶりに遠出して車を飛ばすか…と、吉川はドライブを思い立った。クローゼットを開けると、また着るものが細々と入っていた。吉川は何を着る…と、また迷った。コレっ! という気に入ったものが、今一つなかったのだ。細々とあるのも考えものだな…と吉川は衣類を整理することにし、選択し始めた。だが、いざ捨てようと思ったものが、こういう場合もあるぞ…と思うと捨てられず、結局、時間をかけて分別した結果、ほとんどの衣類が残っていた。
票は入れられないわ、食べるものは迷うわ、外出は出来ないわ、衣類は残るわ…など、細々とあると、選択に手間取り、好結果が得られない。
完