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6月をなぜ「水無月」と呼ぶのか?(後編)

2017年07月05日 | 日本

前編では、旧暦と新暦では季節が20日〜50日くらいずれると言いましたが、日数がなぜ変化するのでしょうか?その疑問からお伝えします。

 

この疑問を解くには太陽暦(新暦)と太陰太陽暦(旧暦)の違いを理解する必要があります。少しずつ難しくなってきましたが、もう少しお付き合いください。

暦には、太陽の運行をもとにした「太陽暦」、月の満ち欠けをもとにした「太陰暦」、太陽と月の両方を取り入れた「太陰太陽暦」があります。

 

現在、日本を含め多くの国で使われている暦は、古代エジプトを起源とするグレゴリオ暦で、太陽の運行をもとにした太陽暦です。地球が太陽をひと回りする周期を1年とするもので、季節の流れに忠実ですが、月のめぐりとは無関係に進むので、月のめぐりに影響される潮の動きや動植物の変化がわかりにくいのが難点です。

 

旧暦の太陰太陽暦は古代中国を起源としており、7世紀に日本に伝えられ、何度も改良が重ねられました。幕末から明治にかけて使われていたものを、天保暦(旧暦)といいます。

 

太陰太陽暦には、太陽と月のめぐりの両方が取り入れられています。月の満ち欠けをもって1か月となりますが、月が地球の周りを一巡するのは29.53日なので、12か月で354日となり、太陽暦より11日短くなります。

 

すると、月のめぐりだけの太陰暦では季節がずれてしまいます。ずれを修正しなければ1月なのに夏の暑さになってしまうこともあるので、太陰太陽暦では32~33か月に一度、閏月(うるうづき)を入れて1年を13か月とし、そのずれを解決していました。

 

したがって、旧暦(太陰太陽暦)で閏月がある年は、例えば6月の次に閏6月というように6月が2回続くという暦になったのです。現在ではとても違和感がありますが、調整せざるを得なかったわけです。

 

つまり、約3年に一度は13か月の年ができるわけで、その年は1年が384日前後になります。このように、1年が354日だったり、385日だったりするわけです。これが、旧暦と新暦では季節が大きくずれ、日数に幅がある原因なのです。

 

月の満ち欠けを基準とする太陰暦では、太陽の運行による季節の変化と根本的に合いません。また、太陽と月のめぐりの両方が取り入れた太陰太陽暦も、厳密にいうと年ごとに季節と月日にずれがあり、年によってはひと月ぐらいずれるので、季節の目安になりにくいのです。季節は太陽の動きが影響します。そこで、古代中国で考案された「二十四節気」を暦に取り入れ、季節の指標にしたのです。

 

二十四節気は太陽の動きをもとにしています。太陽が移動する天球上の道を黄道といい、黄道を24等分したものが二十四節気です。黄道を夏至と冬至の「二至」で2等分、さらに春分と秋分の「二分」で4等分、それぞれの中間に立春、立夏、立秋、立冬の「四立」を入れて「八節」とする。一節は45日。これを15日ずつに3等分し「二十四節気」とした。さらに5日ずつに3等分し、時候を表したものが「七十二候」です。

 

二十四節気は、毎年同じ時期に同じ節気がめぐってきます。そして、節気の間隔が一定で半月ごとの季節変化に対応できるので、天候に左右される農業の目安として大変便利なものでした。季節を知るよりどころでもあったため、天候や生き物の様子を表す名前がつけられ、今でも年中行事や時候の挨拶など色々なシーンで使われています。

 

余談ですが、この「二十四節気」と「七十二候」から「気候」という言葉が生れてきたのです。

 

さてさて、本題を忘れかけていました。長々と引っ張りまわしまして、申し訳ありません。

本題の「雨の多い梅雨の時期をなぜ『水無月』と呼ぶのか?」について、ご説明します。

 

前述しましたように、「水無月」は旧暦6月の和風月名です。新暦では7月上旬から8月上旬までを表していますが、その由来・意味について、いくつか説があるようです。

 

1.旧暦の水無月は、現在の7月上旬から8月上旬までを表しており、梅雨が明けて水がかれて無くなる月と解釈されている説。

2. 田植えが終わって田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説。

3. 田植えという大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説。

4. 水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説。

 

諸説があり、確定した答えはないというのが、現時点での答えとなります。

長々と引きまわして、これが答えとは申し訳ありません。それで、推察をしてみました。

 

4説の「無」は「の」とみなし、「水の月」であるとする説は日本人であるならば、このような必要でない「の」を使うことは考えられません。また、10月の「神無月」は神様がいない月で、「の」という使い方ではないので、4説ではないと思います。

 

3説は、語呂合わせに出てきた説と思われますので、可能性は低いと思います。

2説は、「水張月」や「水月」から「水無月」に転訛したならば、「無」の説明がつきません。

1説は、梅雨明けして雨が少なくなり、最も暑い「大暑」を迎える時期なので、節水に留意することを含め、「水無月」と命名したと考えられます。時期的には合っているのです。

 

実は6月の和風月名は全国で35の別名があったのです。これはその他の月でも同じように多くあります。6月には以下のような別名があります。

・常夏月(とこなつづき)・炎陽(えんよう)・極暑(ごくしょ)・蝉の羽月(せみのはづき)

 

あきらかに、7月から8月にかけての夏のことを指しています。梅雨時の季節感ではないですね。

既に梅雨のシーズンは終わり、ジリジリと照りつける太陽の光によって水が干上がるため、「水無月」はやはり本当に水が無い季節を示していると言えないでしょうか。

 

それから、最後にひとつ、稲作についてです。

6月下旬ころには、根の発根力(根が伸びようとする力)をうながすために、「中干し(なかぼし)」と言って10日から2週間ほど水を抜いて、田んぼを乾かします。

 

夏の強い日差しで水温が上がると、田んぼそのものの地温も上がるので、稲の根が呼吸するのをじゃまされて疲れてきます。そこで6月下旬からの「中干し」、7月中旬からの「間断かん水(かんだんかんすい)」、2日間水を抜いて次の3日間は水を張る、という作業を繰り返し、水温・地温が上がりすぎないように農家のみなさんは注意されています。

 

この田んぼの「中干し」を指して、「水無月」と呼ぶ説もありかなと私は思っています。

長いお付き合い有難うございました。

 

---owari---

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