「問題をややこしくするな。もっと直線的に考えろ」というに違いない。複雑な思考回路を自分の頭の中に設定するのは、最も一豊が苦手なことだ。だから千代は、無理強いはしない。(そういうややこしいことは、わたくしがお引き受けすればよい)と思っていた。しかし、夫から聞いた秀吉の江北(近江北方)人の大量採用は、やはり千代を緊張させた。それは率直にいって、「夫に油断のできない競争相手がたくさんできた」ということで . . . 本文を読む
「伊右衛門様は天下人はおろか、一城の主、一国の主にもなりえないお方だ。わたしはそれでいいと思っている。しかし考えてみれば、わたしのほうも伊右衛門様を城の主や国の主に押し上げるカがないのかもしれない。ねね様はさすがだ」と千代はしみじみ感じた。千代が城を去るときに、ねねがそっと近寄ってきて囁(ささや)いた。「近くまた、千代様のお知恵を借りることがありますよ」「え、何でしょう?」そうきく千代に、ねねは悪 . . . 本文を読む
「作戦の細かいことは竹中半兵衝から伝える。そうだ、この際、竹中半兵衛をおれの軍師とする。また、山内一豊を黄母衣衆(きぼろしゅう:豊臣秀吉が馬廻から選抜した武者で、武者揃えの際に名誉となる黄色の母衣指物の着用を許された者)に任命する」 と急に思い立ったように告げた。座はどよめいた。それは竹中半兵衛が軍師になっても不思議ではない。事実、今まで正式なポストではなくても、そのような仕事を半兵衛は . . . 本文を読む
出陣の命令が下る前に、秀吉は長浜城内の広間で自分が経験した槍の試合を例に、こういう説明を続けた。そして、「わかったか」ときく。部下たちがわかりましたと応ずると、秀吉はにっこり笑い、「よし、ご苦労だった。では酒を振る舞ってやる」と酒宴に移った。この辺の秀吉の管理術は実に巧妙だ。こういう秀吉のようなリーダーに出会ったのは、山内一豊にとってはまさに、「目から鱗(うろこ)が落ちるような日々」であった。一豊 . . . 本文を読む
「前田殿は、再び中央へ戻るだろうか」ときいた。千代は首を横に振ってこういった。「前田様は立派な武将ではありますが、やはり欠けているところがあるのでございましょう」「欠けているところとは?」「遮二無二、他人を押しのけて、前へ出ていく気迫でございますよ」 そういって千代はクスリと笑った。「何がおかしい?」一豊が聞き返すと千代はこう応じた。「あなたも同じですよ」「なに」一豊は思わず目を剥(む) . . . 本文を読む