アーモーおやじ

テニスのときによく出る「アーモー」。これが口癖で、なんでも首を突っ込んでは失敗を繰り返しているじいさんの日記です。

日本人として

2024-01-06 09:15:00 | Weblog
 地震速報を聴きながら上郡に戻り、被災された方々の過酷な状況に胸を痛めている。なんで、こんなことが、、、
 
 私は今すぐに現地に行き、少しでも手助けできたら、という衝動にかられている。
 でも、今は何もできない。
 
 こんなときこそ心あたたまる情報をと思い、調べてみた。


 被災地で・・

 和倉温泉加賀屋。超有名な老舗旅館である。地震で一階や風呂場が壊滅した。
 お客さんを避難させてから、全ての布団などの寝具を避難所に運び入れた。温泉も開放したいができない。

 輪島朝市にある老舗和菓子屋中浦屋。販売所は火災で全焼。
 在庫の和菓子やプリンをすべて無料配布。被災された方々に少しでも癒しになればと、できることすべてやるとのこと。

 地域の人たちへの感謝を忘れずに仕事をしてきたことがよくわかる。尊敬すべき女将であり、社長である。


 関西の企業から・・

 山崎製パン。自社トラックにパンを積み込み、被災地に運び込む。それに呼応するようにパン工業会が支援体制を整えた。そのスピードに驚かされた。パンは調理せずに食べられる緊急食である。
 阪神大震災のときである。中学校に通っていた長男がグラウンドが使えなくなったと帰ってきた。体育の授業や陸上部が使うグラウンドがである。なんとグラウンドがヘリポートになったのだ。
 吹田第五中学校の隣に山崎製パンの工場があり、そこで作られたパンを被災地に運ぶためのヘリポートだった。
 山崎製パンの飯島社長もすごい人です。

 岩谷産業、モンベル・・
 岩谷産業はカセットコンロなど、モンベルは寝袋などのアウトドアグッズを被災地に運び始めた。

 このことは絶対に忘れない。この試練が落ち着いたら、ドンドン購入するからね☺️


 私もボランティアに行きたい。
 「高橋、車出してくれるか」
 阪神大震災のとき、北海道から故郷尼崎に帰っていた先輩からの連絡。これがボランティアに関わった始めである。
 先輩は引っ越しボランティアをしていて、その応援を私に連絡してきたのである。

 その後、東日本大地震、熊本地震とボランティアに参加して、そのたびに人の和と善意の心を感じさせてもらった。地元の応援ではなく、自分の生きる力をつけるためだったと思う。


 日本人としての心意気を今こそみせるときだ‼️
 
 


 



 
コメント
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