昨日の「事業仕分け」傍聴で思った「行政のめざすもの」「理念」・・・・で、思い浮かぶのは岩手県沢内村だ。(合併して、今は西和賀町)
日本で初めて老人医療の無料制度を実施、当時、深沢村長は「無料制度は国保法に違反する」と言った県の担当者に「憲法に違反しない」と向き直ったという。
1960年、65歳以上の国保10割給付。翌1961年、10割給付を乳児と60歳以上に拡大。
この「年齢による線引き」に村内では「不公平」という議論があったとは聞かない。「めざす方向」が住民共通の認識であったからだと思う。
「豪雪・貧困・多病」の3重苦から脱し、「生命尊重」の村へ。「健やかに生まれ、健やかに生き、健やかに老いる」・・・そのために「まず老人と乳児」の医療費無料化だった。
人口5千人の村に4人の保健婦。村立病院の院長が健康管理課の課長を兼務。予防と治療を一体的に推進。村民の健康度がアップし、医療費が低減、国保会計黒字化。
「生命尊重の行政」を作り上げる最前線にいた旧沢内村太田村長、増田病院長、田中保健婦の証言。全国老後保障地域団体連絡会の上坪事務局長は沢内村の実践を「国民の側からの真の行政改革」といい、そこから学び直し、「百の、千の沢内村を日本中に」とよびかける。
わがまちも「千の沢内村」のそのひとつでありたい。それが私の原点でもある。
サブタイトル「住民の生命を守る村」
共著/太田租電/増田進/田中トシ/上坪陽
あけび書房
日本で初めて老人医療の無料制度を実施、当時、深沢村長は「無料制度は国保法に違反する」と言った県の担当者に「憲法に違反しない」と向き直ったという。
1960年、65歳以上の国保10割給付。翌1961年、10割給付を乳児と60歳以上に拡大。
この「年齢による線引き」に村内では「不公平」という議論があったとは聞かない。「めざす方向」が住民共通の認識であったからだと思う。
「豪雪・貧困・多病」の3重苦から脱し、「生命尊重」の村へ。「健やかに生まれ、健やかに生き、健やかに老いる」・・・そのために「まず老人と乳児」の医療費無料化だった。
人口5千人の村に4人の保健婦。村立病院の院長が健康管理課の課長を兼務。予防と治療を一体的に推進。村民の健康度がアップし、医療費が低減、国保会計黒字化。
「生命尊重の行政」を作り上げる最前線にいた旧沢内村太田村長、増田病院長、田中保健婦の証言。全国老後保障地域団体連絡会の上坪事務局長は沢内村の実践を「国民の側からの真の行政改革」といい、そこから学び直し、「百の、千の沢内村を日本中に」とよびかける。
わがまちも「千の沢内村」のそのひとつでありたい。それが私の原点でもある。
サブタイトル「住民の生命を守る村」
共著/太田租電/増田進/田中トシ/上坪陽
あけび書房