ユリ・シュルヴィッツの本を2冊。
そのうち1冊。
「よあけ」との出会いからは、すでに50年近くがたった。
我が家の娘たちにも愛されて、娘たちが幼い時に、何度も何度も読んで、相当傷み、今、手元にあるのは10年ほど前に購入した2代目。
もう1冊は、昨日参加した、泉大津母親大会で「絵本の可能性」と題する講演、絵本講師の坂上葉志子さんのお話の冒頭で紹介いただいたもの「おとうさんのちず」。
ポーランドで生まれ、戦争で故郷を追われた作者の幼少の頃の記憶をたどって描かれた作品。
もし、戦火で焼かれ、崩れ落ちた建物と一緒に、当時4歳~5歳という作者、シュルヴィッツの命が絶たれていたとしたら、40数年以上も私のもとにあって、私が悲しい時、寂しい時、悩み迷う時を支えてくれた、美しい1冊の本はここにはなかった。
ウクライナで故郷を追われた人々のことを思う。
殺された子どもたちのことを思う。
私の青春の日に、「よあけ」という本を出会わせてくださった方、信州松本で「子ども劇場」の活動を続けておられた池田久子さんの作品集、「もくろんじの詩(うた)」の巻末の言葉を引用させていただきます。
昔、こんな戦争があったと
レクイエムなど うたったつもりはない
私にとって戦争は ただの一度も昔話ではなかった
今も創口は赤く 血はたらたら流れる
それにガーゼをあたてり 綿をつめたりして
ごまかしていたら
光のかげんで 桜の花びらかなんぞのように見えて
急におぞましくなった
手当なんかいらない
人間のしてきたことを
今もしていることを
語りつぎ 聞きつぎたい
「人間のしてきたこと」「今もしていること」という言葉が、私の心に刺さる。