2、おびただしい魂が危険の中にある
今日のクリスチャンたちは “『Once Saved, Always Saved』(一度救われたらいつも救われている:イエス様を信じることによって一度救われたら、品性と信仰の霊的成長に関係なく、たとえ神様のみ言葉に対して不従順であったとしてもそれに関係なく無条件に救われるという意味で用いる表現)という「救済説」を受け入れています。救いに関して、このような魅惑的な教えがあるため、多くの者が深く考えもしないで、それを受け入れてしまっています。もしこの考えが真実であるなら、それは私たちにとっては最も驚くべきすばらしい教えになるでしょう。しかし、もしそれが真実でなければ、それは世界で最も危険な教えになるでしょう。このどちらを福音として受け入れるかによって、おびただしい魂が救われることもあり、失われることもあります。
私たちの永遠の運命は、この教理の真偽にかかわっています。私たちは、もう一度、自分に対して次のような質問をしなければなりません。「私は信仰と救いについて、聖書の真理によって生きようとしているだろうか。私が悔い改めてキリストを信じたなら、もうこれ以上選びはないのだろうか。救いとは、ある時の瞬間の決定によって、永久に完成されるものだろうか。それとも、その決定の後も、キリストの恵みの中で成長していかなければ、決定は取り消されることがあるのだろうか。そもそも、神様は罪や汚れを、ご自分の王国に持ち込むことをお許しになるのだろうか?」
幸いなことに、このような質問に答える明確な聖句が、聖書にはたくさんあります。私たちはその聖句を注意深く調べ、同時に「一度救われたら永遠に救われる」という教理を裏付けていると思われる聖句のいくつかを検証してみましょう。