1.北朝鮮の核兵器開発の目的
北朝鮮の核兵器開発は、核実験、事実上の長距離弾道ミサイル実験と続き、かなりのスピードで進みつつある。それを日本のマスメディアは、北朝鮮の行動を「暴走」とか「挑発」と表現しているが、北朝鮮の何を目的として、そのような行為に出ているのか? それについて、朝鮮半島情勢の研究者は次のように述べている。「核保有国であることを認めさせ、それを前提に、米国を交渉の場に引きずりだそうという意図だ」(李鍾元 早稲田大韓国学研究所所長)。「うまくいけば米国との対話に持ち込める」(平岩俊司 関西学院大教授 以上毎日新聞2016.1.7)。 「対話の必要があることを、米国にアピールする狙いがあった」(三村光弘 環日本海経済研究所主任研究員 朝日新聞2016.9.10)というものだ。これは、一部の研究者の特殊な見解ではない。ほとんどすべての研究者に共通する見方なのである。ではここで言う「交渉の場」や「対話」とは何か? それはアメリカとの平和条約を締結するための「交渉の場」や「「対話」である。このことも多くの研究者の共通する見方である。北朝鮮とアメリカ(国連軍)は現在でも休戦状態であり、最終的な平和状態は成立していない。その状態で、事実、北朝鮮は何度もアメリカに平和協定を要求している(2016年2月アメリカ国務省が認めている。ニューズウィーク日本版2016.2.22)。ではなぜ、アメリカを平和協定の「交渉の場」にひっぱり出すために核攻撃能力が必要なのか?
2002年、ジョージ・W・ブッシュは北朝鮮、イラク、イランを悪の枢軸(axis of evil)と呼んだ。そして、イラクを攻撃し政権を崩壊させ、 フセインを死に至らしめた。大量破壊兵器がないにもかかわらず、である。北朝鮮が次は自分たちが攻撃される番だと考えても何の不思議はない。もし仮に、フセイン政権がアメリカに対し核攻撃能力を有してしたら、攻撃できたのか? それは誰が考えても不可能だろう。核攻撃される危険性があれば、軍事力行使をためらうのが当然だからだ。チョン・ヨンウ元韓国大統領府外交安保首席補佐官は「北は、核兵器から対価を得ようとしているのではない。核兵器は自分たちが生き残るためだ」(朝日新聞2016.9.10)と言っている。アメリカから攻撃されないために、核兵器が必要だと考えているという意味である。 それは、「対米交渉のカードとしてよりも、核を抑止力として機能させ体制護持を強めることに狙いがある」(礒崎敦仁 慶応大准教授 産経新聞2016.1.6電子版)のであり、核兵器がアメリカの攻撃から自らを守る抑止力なのである。
アメリカ元駐韓大使のドナルド・グレッグはインタビュー(朝日新聞2016.2.13)で次のように述べている。「ブッシュ元副大統領は、(中略)駐韓大使だった私の進言に耳を傾けて在韓米軍の核兵器を撤去した。これを受け、朝鮮半島の休戦後も核の脅威におびえていた北朝鮮はIAEAの査察を受け入れると表明しました。(中略)92年には米韓合同軍事演習チームスピリットを中止したことで、南北朝鮮の緊張は緩和されました」。「チェイニー国防長官が翌年のチームスピリットを再開を決定。北朝鮮は再び態度を硬化させ、朝鮮半島は第1次核危機に突入したのです」。その後クリントン政権時に、94年に米朝枠組み合意により関係改善が見られたが、それは「ネオコンと呼ばれる人たちが対北朝鮮政策を誤った方向に導いた」結果、21世紀に第2次核危機に陥った、と言うのである。
ネオコンとは対外政策では軍事力行使を優先的に選択する者たちのことである。要するに、元駐韓大使は、アメリカが合同軍事演習などの強力な軍事力で北朝鮮に対峙すれば、相手側は核兵器の開発で対応してきたということである。勿論それは、グローバル・ファイヤーパワー社の2016年版によれば、北朝鮮の兵力世界ランキングは36位で、韓国は7位である(クレディ・スイス版でも同様)ことで分かるように、通常兵器では米韓に到底かなわないので、核兵器の攻撃能力を持たねばならないということである。つまり、イラクと同様にアメリカが攻撃してくれば、アメリカ本土を核攻撃するという脅しである。その時は、北朝鮮のキム政権は壊滅する。しかし、アメリカも核による被害をこうむることになる。核を使うときは自分たちも死ぬが、アメリカもただでは済まない。だから、攻撃してくるなという、まさに教科書どおりの抑止の論理そのものである。これは、「核兵器は自分たちが生き残るためだ」という上記の言葉とも一致するのである。
北朝鮮の核がアメリカ本土に到達できる能力を備えた時、アメリカは攻撃を受けないために選択を迫られるだろう。攻撃を受ける前に北朝鮮を壊滅させるか、しぶしぶ交渉にのるかである。制裁によってキム政権が自滅するのを待つという選択肢もあると考える者もいるが、自滅する気配は今のところ見られない。そもそも制裁によっても政権が自滅することなどあり得るのかと言えば、そんなことは歴史上ないし、あり得ない。政権が崩壊するためには、それにとって替わる勢力が必要だからだ。北朝鮮にそのような勢力は存在していない。したがって、二つの選択肢しかないのだ。結局、アメリカは先制攻撃したとしても自らの損害も大きすぎるので、交渉という選択をせざるを得ないのだ。北朝鮮がこのような見通しを持っていると考えるのは、何ら不自然ではない。
2.北朝鮮の核は悪で、アメリカの核は正義か?
北朝鮮の核兵器開発が、彼らなりの抑止論に基づくものだということは上記のことから明らかである。それは、他の核保有国が核抑止論に基づいているのと同様なものだ。では、なぜ北朝鮮の核だけが西側とそれに同調する政府やマスメディアによって、ことさら「悪」と表現されるのか? もちろん、そこには安保理決議がしめすように核の不拡散という理由がある。しかし、不拡散というのなら、インド、パキスタンにも同様の制裁が加えられてもおかしくはないが、それは国連おいてもその議論さえ起きていない。イスラエルの事実上の核保有にいたっては、まったく問題にされることもない。それらについての疑問さえ一切起きてはいない。一体これは、どういうことなのか?
北朝鮮が、朝鮮半島の非核化の維持に反しているというもっともらしい理由もある。しかし、韓国も日本もアメリカの核の傘の下にあるという事実がそこでは忘れ去られている。日韓同様に、北朝鮮は中国の核によって守られているのではないか、という見方もある。しかし、それは事実上、あり得ない。1961年に発効した中朝友好相互援助条約第2条には「いずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。」「武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥ったときは他方の条約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える。」と記されている。実際には、これは死文化しているからだ。日本にも、アメリカは日本が武力攻撃を受けたとき、本当に守ってくれるのか、という懸念をもつ者もいるが、中朝の場合では、中国軍首脳部が攻撃を受けても軍事援助はしないことを明言している(例えば、元南京軍区副司令官の王洪光の論文 中国紙「環球時報」2016.12)。中国の利益にならないことはしないという意思が明確なのだ。もちろん、北朝鮮側もそれを百も承知していると推測できる。北朝鮮が、世界の多くの国が軍事同盟国の核によって守られているのだから、自分たちの場合は自前の核で防衛しなければならないのは正当なことだと考えてもおかしなことでは決してない。
北朝鮮が朝鮮戦争のように南進し、韓国を支配下に置こうとしていることを否定できない、という意見もある。確かにこれは否定できない。しかし、これは米韓が軍事力で圧倒し、北朝鮮を管理下に置くということを完全には否定できないのと同じことだ。北朝鮮を軍事的に支配し、管理下に置けば、危険性は除去できるし、権益の確保もできる。現に、アメリカはイラクでもアフガニスタンでもそれを実行しようとしたのだ。結果的には悲惨な状況を招いたが……。相手はやるかもしれないが、自分たちはやらないという主張には、実際には何の根拠もない。
なぜ「北朝鮮の核は悪で、アメリカの核は正義」という図式になるのか? それは冷戦下の、相手の軍事力は侵略のためで、自分たちの軍事力は防衛のためだという主張と同じ図式だからだ。西側から見れば、相手は全体主義国で、自分たちは自由民主主義国である。だから、相手の軍事力は「悪」であり、自分たちの軍事力は「正義」なのだ。全体主義という主張には、ファシズムというのも絡ませる。かつての全体主義下の日独伊は侵略戦争を開始した。それと同様に全体主義国は侵略してくるに違いない。だから、ソ連であれ、北朝鮮であれ、彼らの軍事力は侵略のためであり、「悪」なのだ。大まかに言えば、こういう論理である。しかし、そこには、なぜ、何のために日独伊が侵略を開始したのかという分析が抜け落ちている。相対的には民主主義国であった列強が、第1次大戦という植民地争奪戦を繰り広げた事実も忘れさられている。さらには、「自由民主主義」国であるアメリカが第二次大戦後、最も多くの戦争をしているという事実も忘れさられている。全体主義国であれ「自由民主主義国」であれ、戦争をするのはその体制とは別の理由があることが無視されているのだ。戦争はいかなる体制であろうとも、「国益」のために開始されるのであり、それは体制とは無関係ではないにしても、別の問題なのである。中国の南沙諸島における「核心的利益」とは、一党支配から導き出されるものではない。それは経済発展のための必要な「国益」として導き出される論理だからである。だから、「国益」が侵されると考える周辺諸国やアメリカとの軋轢を生むのである。
多くの専門家の、アメリカの軍事力に対抗するために北朝鮮の軍事力は向上してきたという指摘があるにもかかわらず、アメリカは軍事力で包囲するという政策をなぜ辞めようとしないのか? ここで、北朝鮮の軍事力が向上してきたから、アメリカは軍事力で圧倒せざるを得ないという回答は堂々巡りに過ぎない。その答えのひとつは、上記の「自由民主主義」に反する国は悪い国で、その軍隊は悪いに決まっているという短絡した論理があるからだ。その短絡した論理が冷静な分析から導き出されるべき結論を歪めているのだ。そしてもうひとつは、軍事産業という巨大産業の利益がそこに結びついているからだ。世界全体の軍事費のおよそ半分近くを費やすアメリカの軍部とその産業の利益は、「軍事ケインズ主義」とも解釈できる雇用の創出までも意味しており、国家全体の利益の一部を成しているからだ。
北朝鮮の核武装が正当だ言っているのではない。それは単に戦争へのリスクを増大させるもの以外の何物でもないからだ。また、朝鮮労働党による強権的一党支配が正当だと言っているのではない。そこには、社会主義の正当性のひとつの根拠となる「圧倒的多数者による少数者に対する支配」を通じての平等社会の建設など微塵もないのは明らかだ。だからといって、軍事力で対峙するという選択は、何の解決をももたらさないのは火を見るよりも明らかだろう。