【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(70)
ロンドンの昼食から想像した日本の末路
東京⇔ロンドン(英国)
コロナ禍が去り、インバウンド市場が急伸している。最近都心に出かける機会が増えたのだが、銀座、浅草、東京スカイツリーのある押上、新橋の裏通り…あらゆるところに好奇心に満ちた眼差しの外国人が溢れている。
が、ふと気になることがあった。コロナ禍前にはあれほど目についた中国人観光客の姿がめっきり減っているようなのだ。早速調べて見たら、やはり私の直感は正しかった。下の表は、日本政府観光局(JNTO)による2019年1月と2024年1月の訪日外国人数の比較表だ。
▲2024年1月の訪日外国人数(対2019年比・日本政府観光局)
それによると、中国は44.9%減っている。ロシアは、中国より更に落ち込みが激しく49.3%減だ。両国に共通しているのは、国内外における制御困難な政治的混迷であろう。
この視点で世界全体を見渡すと、英仏独、それに北欧のインバウンド数の落ち込みも各国の国内問題だけではなく、近隣諸国との軋轢など地政学的要因が影を落としていることに気付く。
さて、日本のアウトバウンド数はどうだろか。27.7%減である。ただ、日本の場合は、所得の伸び悩みと円安が二大阻害要因であり、世界情勢に鑑みて、などという人は恐らく皆無だろう。
これほど世界情勢が緊迫しているのにも拘わらず、日本のメディアは相変わらずご当地グルメや三面記事ばかり。そんなメディアを見ていると、今の日本は、百田尚樹のベストセラー小説『カエルの楽園』で描かれた世界、つまり凶悪なダルマガエルに支配された「ナパージュ」国そのものではないか。
自民党の総裁選挙報道を見ていて、そんなことを思った。大手メディアは、自民党内の力学や人間関係にばかり光りを当て、安全保障や外交政策について問題提起することは殆どない。
マスメディア(テレビと新聞)とネット世界の情報の差は甚だしく、両者がとても同じ光景を見て判断し、情報発信しているとはとても信じられないのである。まるで、パラレルワールドが現実に存在しているかのような錯覚に陥りそうになる。
こんなことを考えながら、欧州、米国、豪州などで移民問題が国家を二分するような大問題になっていることに想いを致した。日本国内ではこの問題に対する関心と認識があまりに希薄であることに危機感を覚えたからだ。最新情報でなくて恐縮だが、2014年当時のロンドンのランチタイムの風景から垣間見えた移民が担う社会と少数で店を切り回す日本の状況を比較してみた。
ロンドンのランチ事情は、選択肢がとても限られている。パサパサで味のないサンドイッチで有名なチェーン店のプレタマンジェ(Pret A Manger)、イート(EAT)、主にイタリア人の家族が経営している小さなサンドイッチ店、インド・パキスタン人経営のカレー屋、パブ飯、そしてナンチャッテ日本食チェーンのザ・ジャパニーズ・キャンティーン(The Japanese Canteen)、ワガママ(Wagamama)などだ。
Wagamamaの料理はというと、味にうるさい私の味覚に合わない。ところが、何故か英国人にはとても評判が良いのである。英国人は味が分からない、というのは伝説ではなく、事実だと確信してしまう。
それはともかく、ビジネスランチ以外でレストランに行くことは殆どない。時間がかかるし、高いからだ。金融街ザ・シティーの公園や広場のベンチは、サンドイッチやチキンカツ・カレー、寿司パックなどを持ったサラリーマンであふれかえる。オフィスに持ち帰って食べる人も結構多い。
▲Pret A Mangerの店頭
▲Pret A Manger の店内
▲Wagamamaのラーメンは、筆者にはピンとこないが、ロンドンっ子には不思議と人気がある
さて、以上のような店先で食べ物を売り、キッチンで料理を作っているのは、殆ど移民である。中東系、アフリカ系、東欧系などが多い、中国やベトナムなどのアジア系も混じっている。
サンドイッチのチェーン店では、5~6m幅のカウンターに様々な人種の売り子たちが隙間なく並び、自分のキャッシャーに来てくれるようお客に笑顔を振りまく。
そこには英国人と覚しき若者は殆どいない。立ちっぱなしの単純労働で時給が安く、拘束時間が長いことなどがその理由だ。
しかし、求人状況が逼迫していることから、英国人の若者も応募することもあるのだが、堪え性のない彼らは長続きしない。逃げ場のない移民は、過酷な条件でも真面目に働く。こうして、英国の若者たちは、自分たちの低い勤労意欲を棚に上げて、移民を非難するようになり、社会の分断は凄まじい早さで進んでいく。
2014年、日本に帰任してしばらくは日本人の勤労意欲と能力の高さに目を見張った。
ある日、すき家に行った。ちょうど昼食時で30~40人ほどの客で店はほぼ満席だった。そんな状態で店を切り盛りしていたのは、キッチン1人、接客1人のたった2人だけである。彼らはテキパキと動き、笑顔で接客していた。ロンドンなら最低キッチンに2人、接客に3人必要だろう。
あれから10年経つ。今では、日本でもすき家などのファーストフード店、コンビニなどでは移民なしに事業を継続できないと聞く。あと10年経ったらどうなるのだろう。私には、移民とChatGPTに職を奪われて途方に暮れる若者の姿が見えて仕方がない。
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。