―『月に囚われた男』(オフィシャルサイト)
![月に囚われた男](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/e8/97357c347b7a548f62bfe296809956de.jpg)
3年間の契約で一人月面基地で働くサム・ベルが作業中の事故によって重傷を負い、気が付くと基地に居て治療を受けていた。回復したサムが今一度掘削現場に行ってみると、そこには事故を起こした掘削機が残されており、中には負傷者が生存していた。しかもその生存者が自分と瓜二つの男だったと言うSFオカルトと言うか、SFミステリー。
実際は二人ともオリジナルのサムのクローンで、3年が経過したり、その間に事故死などをすると交換される存在だったというSF描写。このクローンの交換と言う描写が映画内の描写でとても効果的に演出されていて、観ている側も劇中のサムと同様にサムが作業中の事故によって意識を失い、AIによって助けられたために基地に戻ったのだと極自然に納得させられる。物語の主人公も最初のサムも途中から新しいサムに切り替わる。
新しく要員を雇う変わりにベテランの作業員であるサムを利用し続け、サムのクローンを使い続けた会社が悪っていうのは面白い。それも陳腐なSFに観られる荒唐無稽な悪徳企業ではなく、新自由主義的企業倫理にも通じるような、企業利益優先の人権軽視という比喩に単純に置き換えられるほどの現代社会への批評性が垣間見られる悪意なんだよなぁ。現代社会への批評性という点は伝統的なSFとして、単純に物語が格好良い。
サムをサポートする基地内のAI、ガーティはてっきり『2001年 宇宙の旅』のHAL9000のような人類に対し、ほの暗い悪意のようなものを持ったAIかと思っていたけど、あのピースマークのGUIを持ったケヴィン・スペイシーボイスのAIが終始主人?であるサムに献身的であったのは意外で、面白かった。この物語においては悪意はAIといった文明ではなくて、企業だけなんだよなぁ。
良く出来た佳作SFなんだけど、ただ、ただ1つにして最大の問題がある。それは音。冒頭から月面ではヘリウム3という鉱物資源を発掘するための掘削機(タイヤを持った可動式)が登場するのだけれど、その掘削機は車内ならまだしも月面から掘削機を写したカットにおいても駆動音がし、掘削時に放出された砂利も舞い上げられる際、地表に落ちる際に、音がしてしまってる。こういう点を見てしまうと、ダンカン・ジョーンズ監督ってSF映画は撮ったもののSF者じゃないんだろうなと思ってしまう。