なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

震える心

2009-03-20 18:15:49 | Weblog
 今月の月初めにはよく打ったのですが(と言っても1日2局くらい)その後10日間ブランクがあって中3日、それから今日まで5日。
 対局が多いと碁が雑になることを恐れます。
  つまり「勝った負けた」の世界で、結果にこだわって負ける「もう一丁」と言う気分で対局が増えて行くような気がします。
 これでは碁キチではあっても日頃のザルに拍車がかかってしまいます。
 では対局の感覚が広くなるとどういう心理かと言うと・・・ネットに接続して”同じくらいの点数の対局待ちの人”がいたとして、いざ対局オファーとなると、『この人と打ってもいいのかな?』と言うようなためらいが生じます。
 要するに『ひどい碁を打って負かされる』ことを心配するのです。
 いや、気持ちが震えるという感覚でしょうか。
  要するにこれはこれで勝敗にこだわっているのです。
 確かに負けたくなければやらなければ良いわけで、対局しなければ不敗神話が誕生しそうです。

 『良い碁が打てるように頑張る」と言うような悟りには程遠いですが、「碁を打ちたい」>「負けたくない」とならないとダメなようです。
 負けてお金を取られたり、何かを失うわけでもないのに厄介なものです。
  尤も、こういう一見捻じれたような根性でも、個人的には自分の心の支えにはなっているかも知れません。
  大した支柱ではないので結果も大したものではないのは言うまでもない。

 ともあれ5日ぶりのネット対局
 相手は私よりやや上手ですから先番でコミ無し。
  名前はネット上でたまに拝見するような気がしますが・・・対局の記憶はない。 
 ですから「どういう碁を打つのか」「どういうイメージで立ち上がってくるのか」と言うような予備知識も記憶も無い。
 却ってこういう方が良いかも知れません。
  特に久しぶりの対局の時はあまりあれこれ考えない方が良い。
 その方が「碁を打ちたいから打つ」という気持ちに忠実になれそうです。
  幸いこちらの先番ではあるし、「自分の打ちたいように打ってみる」と言う気持ちに素直になれるようです。

 内容はお粗末でしたが、それでも全力で打てたようです。
  それでこの2週間で2勝1敗・・・やはり勝ち負けにこだわるところが抜けませんね。
 こういう生臭みが抜けてしまったら碁キチ返上かも知れません。
  何かを超越して枯れた心境に慣れたら・・・きっと身も心も枯れていたりして。