歴史に「if」は無いが・・・
昭和20年8月から9月の二ヶ月間が戦後の日本を決めたと言っていい気がする。
8月15日の玉音放送が一番決定的だが、
日本人はこの放送で虚脱状態になってしまったようだ。
張り詰めていた気持が一気に崩れて虚無感が蔓延したようだ。
昭和21年大連で生まれた自分には知るよしも無いが、
外地にいた日本人は筆舌に尽くせぬ辛酸を舐めてやっと引き揚げて来た。
ハワイに行ったとき戦艦アリゾナとミズーリを見学した。
戦艦ミズーリ艦上での降伏文書調印まで、外国人は戦争状態であると認識していた。
ソ連などは満州と樺太で、これ幸いと攻撃してきた。
極端なことを言えば、日本政府と日本軍はまったく無力だった。
両親と生後三ヶ月の自分が佐世保に上陸できたのは奇跡だ。
もし昭和天皇の玉音放送が1日遅れていたら日本はどんな国になったか?(まぐまぐニュース!)
パールハーバーの戦艦ミズーリ記念館 戦争について考えられる場所(朝日新聞デジタル&TRAVEL(アンド・トラベル))