お兄ちゃん日記

2017年9月14日、今日からこのブログでやってみることにします。

自分らしく生きるとは好きなことをやっていくこと

2022-04-25 05:40:58 | 日記

自分らしく生きるとは好きなことをやっていくこと

 

自分らしく生きるとは、自分が好きなことをやっていくことだと思う。

自分の好きなことが自分を幸せにし、自分を元気にさせてくれる。

単純でシンプルなことである。

しかし、これが実際にはなかなかできていない人が多いのが現実。

正確にいうと、そうさせてくれない現実がそこにあるから。

たとえば自分の家族や周囲の人たちである。

周りにいる人たちは、自分がやりたいことをしていると、いろいろ注文を付けることがある。

自分がやりたいことに一生懸命取り組んでることに、邪魔をされることがある。

いかにも悟っているかのように批評し、マイナスな意見ばかりを並べる人もいる。

しかし、実際に好きで面白いと感じているのは自分自身である。

実際に自分が面白いと感じ、好きでたまらないと思うならそれが正解で、周囲の意見など気にする必要など全

くない。

自分の心に素直になって好きなことにトライしている時が、一番自分らしく生きてることと言える。

そして周囲の人が褒めようと貶そうと、自分が好きだからやることが、一番自分らしく生きるということなの

だと思う。


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幸せの実感は個人によって様々である

2022-04-24 06:01:48 | 日記

幸せの実感は個人によって様々である

 

人間いつも幸せと感じることはありえない。

幸せと不幸の繰り返しで生きているが、そのどちらが多く感じたかは大した問題でない。

何故なら、幸せと不幸はそう感じる個人の物事の捉え方や価値観によって違うだからだ。

例えば、金欲や物欲、失うことの辛さ、病気等で健康を害した時、これらも個人によって捉え方は様々であ

る。

どちらかというと、幸せも不幸も世間一般や他人と比較しているところがある。

生まれて死ぬまで幸せに暮らせる人はいない。

今こうして生きていて、なんとか生活できていることに幸せを感じる人。

更にお金を手にして自由で満ち足りた人生を送りたいができないと嘆いて不幸と感じてる人。

感じ方は本当に個人によって様々で、その基準もない。

つまり、人間誰もが幸せになりたいと思っている。

では,どう云う生活・生き方ができれば幸せだと実感できるのかを考えると結構曖昧である。

毎日生活して行く中で、殆ど変化もなく幸せとも不幸とも感じないでいること自体、案外幸せな生活を過ごし

ているのかもしれないと思う今日この頃である。


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落ち着く居場所(空間)は誰もが持っている

2022-04-23 05:33:13 | 日記

落ち着く居場所(空間)は誰もが持っている

 

人は誰にでも、自分の落ち着く居場所がある。

それは決して一人になれる所とは限らない。

家族団欒の時や、友人と馴染みの飲み屋で一献を酌み交わす時、寝る時に隣に居るべき人がいる時など、個

人によって様々である。

人間には何故か、自分が落ち着くと感じる居場所を作る。

その多くは、一人で誰からも干渉されずに、自由に使える時間を楽しもうとする欲望があるからだろう。

私自身も、どちらかと云うと一人で過ごす時間が好きな方である。

こうしてブログを書いたり、過去に書いたものや他の方のブログを読んだり、読書したりする。

そんな時間は何故か、気持ち的に落ち着き不思議と自由を感じる。

しかし、今この歳になって思うのは、若い人や現役社会人の人達は、我々世代と違った自分の落ち着く居場所

を様々に作っている。

そしてその場は、決してネガティブな暗く籠ったイメージではなく、英気を養う空間なのだと思う。

いずれにしても、人間はどの世代に於いても、開放感や生きている実感がある落ち着く居場所(空間)を持っ

ているものである。


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人生では嫌われる覚悟も必要である

2022-04-22 05:44:37 | 日記

人生では嫌われる覚悟も必要である



人から嫌われるのは、できるだけ避けたい、そして多くの人と仲良くやっていくに超したことはない。

多くの人と仲良くなるほど、協力や援助が得られ、目標に向かって加速することができる。

しかし、人生では必ず誰かに嫌われ、誰からも嫌われない人生はあり得ない。

世の中に様々な人がいるので、自分の意見や考えに同意してくれない人も必ずいる。

つまり自分の信念を貫くなら、嫌われる覚悟も必要ということです。

誰かに嫌われたまま生きているのは辛くて悲しいですが、人生はそういうものだと割り切るしかない。

誰からも好かれようとする八方美人より、誰かに嫌われる覚悟のある人のほうが輝いて見える。

反対者がいるくらいで、めげるなら、その程度の信念で、嫌われたくらいで、諦めるなら、その程度の夢であ

る。

誰からも好かれることが、はつらつと生きていけることではない。

嫌われる覚悟ができた時、はつらつと生きていけると思う。

嫌われる覚悟ができた時、自由で自分らしく生きていけると思う。

人生は嫌われる選択肢も、視野に入れることが必要である。

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ブログは想いを乗せた自己満足の世界

2022-04-21 05:30:59 | 日記

ブログは想いを乗せた自己満足の世界

 

毎日このようにブログを書いてるが、なんとなく思いつくままに綴って書き終えてしまいう。

読み返してみると、果たして自分は、人生、生活、人間関係等について書いた内容と、同じような考え方や

生き方をしてるのか、少し疑問に思うことが時々ある。

つまり、自分の意志や思考を素直に文字とした時、文章の表現力や適切な言葉を使ったとしても、現実の考方

や行動とは少し乖離してしまうと言うことである。

自分が話したいこと、伝えたいこと、訴えたいことをブログに書く。

それと現実に思ってることや言動とが、その原点が同じであれば問題はない。

ブログという文字としての表現が、現実と多少違っていても基本的な考えたや価値観がぶれてなければいいと

思っている。

どちらかと言うと、ブログで表現する世界は現実より少し理想に近いものになる傾向があるような気がする。

それが読者に共感と感動を与えられるとしたら、十分に私の意志が理解されてると思う。

ブログにはそんな想いを託せる可能性がある自己表現ツールであり、自己満足の世界であると思っている。


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