子猫誘拐未遂事件

 学生時代の、今よりもっと考えが浅はかだった頃の話である。
 自転車に乗ってゆるやかなカーブを曲がったところに、白黒ぶちの子猫が、ちょこんと座っていた。夏の終わりの、昼下がりの道の真ん中で、無防備にこちらを見つめている。ブレーキをかけて自転車を止めると、にゃあと立ち上がり、尻尾をぴんと震わせて、親しそうに寄って来た。手を伸ばすと、ごろごろ、すりすり、人懐っこい。
 しばらく遊んで、じゃあ行くねと自転車に乗ろうとすると、にゃあにゃあと訴えた。私についてこようとするかのようである。
 もしかして、捨て猫だろうか。捨てられて、助けを求めているのだろうか。周りは住宅街で、車通りは多くないが、カーブした道はときどきスピードを出した車が通る。このままにしておいたら、事故にあわないともわからない。私はそんなふうに、保護しなければならない納得のできる理由を考えた。人懐っこい子猫を家につれて帰りたかったことも大きかったし、しばらく前に、やせ細って危険な状態に陥っていたデビンちゃんを保護したばかりだったので、猫を救うという使命に燃えていたのだ。
 そのように子猫を連れて帰ったのだが、家の中に放すとなにやらそわそわ、帰りたそうなそぶりである。場所になれないからだろうとしばらく様子を見ていたが、にゃあにゃあと困ったように鳴く子猫を見ているうちに、本当に捨て猫だったのだろうかという疑問がむくむくとわいて来た。飼い猫ならば事である。
 それを確かめるため、子猫がもといた場所に、日が暮れる前に連れて行った。道に下ろすと、子猫は振り向きもせず小走りに、まっすぐそばの家に近づいて、裏口の戸をくぐって姿を消した。よく見ると、扉のところに、空になった猫缶が置いてあった。
 すぐに返したから、おそらく家の人は子猫がいなくなっていたことには気がついていないだろう。やれやれと胸をなでおろす。私の早とちりで、あやうく子猫誘拐事件を起こしてしまうところであった。
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