菊水鉾

 祇園祭の山鉾巡行を見に行こうと思っていたら、たまたまその日いつもより早起きした息子が、普段はそんな時間には寝ないのに、ちょうど山鉾がやってくるくらいの時間に寝てしまった。
 仕方がないとあきらめていたら、二時間ほどして起きてきて、じゃあお祭りに行こうというので、もう終わったんじゃないかなと言ったら、子供の顔がみるみるゆがんで、うえーんと泣き出した。
 巡行を見ようと考えていた場所は、家から最寄の河原町御池で、山鉾は先頭が10時30分にそのあたりに到着する予定であった。いまは11時30分。調べると、河原町御池からさらにルートの先である烏丸御池には11時35分着である。巡行はゆっくりと進むから、そっちまで行けば、まだうしろの方の鉾が見られるかもしれないと思って、自転車に乗って出かけた。
 沿道には巡行を見る人たちが、うちわやタオルを手に立ち並んでいる。この日、京都の最高気温は35.1度で、日差しは焼きつけるように熱かった。ただ空には雲が多くて、日が陰ると、涼やかな風が吹いた。
 実際は、思っていたよりも巡行のスピードはずっと遅くて、先頭の到着から二時間がたっていたにもかかわらず、まだ河原町御池に山鉾がいた。今年は祭り史上初めて、山鉾の重量測定が行われたそうだが、その結果もっとも重かった11・88トン(囃し方、懸装品込みで)の月鉾が、ちょうど河原町御池の曲がり角で「辻回し」をしているところであった。
 鉾は自由に曲がることは出来ないので、交差点を曲がるときにはこの「辻回し」が必要で、その豪快さのため祭のハイライトのひとつとなっている。車輪の下に竹を何本も敷いて、鉾を回転方向に引っ張り、滑らせる。一度に90度もまわすことは出来ないから、何度ずつかに分けて回さなければならず、かなり時間がかかる。
 御池通の陽炎の中へ月鉾が遠ざかっていくうしろに、二つか三つ小さな山が続いて、それから、蟷螂山が来た。山のてっぺんに大きなカマキリが乗っていて、からくり仕掛けで鎌や羽が動く。
 その次に姿を現したのは、聳え立つような、威風堂々とした菊水鉾であった。菊水鉾の右側には、皆川月華作の麒麟の胴掛が見えた。
 ものごころついてから初めてつれていってもらった美術展が皆川月華の作品展で、そこに出ていた麒麟や獅子や、白い孔雀の染織品を、私はよく覚えている。来場していた皆川氏にサインを入れてもらった図録を大事に持つあまり、手のひらに一杯汗をかいてしまったことも覚えている。
 菊水鉾が「辻回し」をして、徐々に向きを変えていくと、同じく皆川月華の孔雀の「見送り」が見えた。
 見物に遅れて来て、ちょうど見ることが出来たのが、皆川月華の作品を多くあしらった菊水鉾であったことが、懐かしい気持ちを呼び起こさせた。
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