蝉の抜け殻にまつわるあれこれ

 数日前の夜、飛び立ちざまに蝉がじいっと一声あげたのを聞いたのが、今年初めての蝉の声だと思ったら、もう、いつのまにかあたりは蝉の大合唱になっている。
 今朝庭に出たら、伸び放題になっている羊歯の葉の先に、昨日はなかった蝉の抜け殻が、足を折り曲げてしっかりとぶら下がっていた。子供に見せようと思って手に取ったら、ふにゃふにゃと柔らかくて、数時間前まではまだ中身が入っていたのかもしれないと思った。
 ここに引っ越してきたのは何年か前の冬のはじめころで、台所から見える庭の塀に、ずいぶん高いところまで登りつめて羽化した蝉の抜け殻が、夏の名残のようにぽつんとしがみついていた。
 その抜け殻は、次の年の夏に来た台風の風でどこかへ吹き飛ばされてしまったのだけれど、しばらくするとまたほとんど同じ場所に新しい抜け殻がついているのを見つけた。
 大学の文化祭で、クラスとかサークルとかで出しているにぎやかな模擬店の並びから少し離れた木の下に座って、蝉の抜け殻をひとつ10円で売っている学生がいた。一辺が30センチくらいの立方体の箱に、蝉の抜け殻がぎっしり入っていて、売っている本人は、両方の耳たぶと、襟元のボタンに蝉の抜け殻をつけて、イヤリングにどうですかなどとのんきな口調で呼びかけている。一緒にいた友達は気持ちが悪いと言っていたけれど、私は、彼が夏のあいだひとりで蝉の抜け殻を集めているところを思い描いたりして、可笑しかった。
 しばらく様子を見ていたら、5、6歳くらいの女の子が学生のところへ駆け寄ってきて、何か言った。学生は、落としちゃったの、しょうがないなあ、じゃあもう一個持ってっていいよと言って、女の子に新しい抜け殻を渡していた。
 今年初めての蝉の声は、まだ耳に新鮮で、夏が来たことを実感させられるけれど、その大合唱も、すぐに意識の外へ追いやられてしまうだろう。
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