去年は桜が接待係でしたが、今年は15歳、ヒト換算だと76歳になるちぃに接待されていた我が母。
年が近いから話が合うかな?
今日は夫の母が帰りました。
送り出し見守ってくれた人たちは、お正月こちらで過ごすことを心配していたことを日々の様子を知らせる中で知りました。
その心配の内容が、徘徊、睡眠障害、妄想、パニック、排泄の問題となんだか高齢者の認知症のフルコース!
そのいずれも、特に発症することなく日々過ごすことができました。
では、我が家に来ている間、それらが全くなかったのか、というとたぶんいくつかの症状は出ていたと思います。
例えば、脈絡のない繰り返される呟き。でも、買っていた補聴器をなくし、耳が聞こえない義母の唯一聞こえる声は、思い出の中の人たちの声でしょう。
その声に呼応し、時に負の思い出を思い出すとその聞こえる声は負の感情を引き出してくるのでしょう。呟かれる言葉も自然と恨みつらみとなっていきます。
それがあまりに長く続くと夫が肩をとんとんとすると肩をすくめて、「あ、悪いこと言うなって怒られた」という顔をして、ふふっと微笑んで口をつぐみました。
こういう一連の呟きを妄想と捉えるとそうかもしれませんが、私は物語と捉えてあまり問題視しませんでした。
時として、右を見たり、左を見たりしながら話す姿は、レビー型の認知症で言われる幻視が見えているのかなぁと思うこともありました。私が「誰と話してるの?」とホワイトボードに書いて聞くと「神さまと話してるの」と言います。特に害もないので神さまと存分に話しておいてもらうことにしました。
全てにおいて、そういう呑気な捉え方を夫も私の母もその場にいた全員がしていたので、義母がぶつぶつ言い出しても「神さまと話してるねぇ」とみんなそれぞれ自分のことをしていました。
また、排泄の問題についても私は我が家の猫たちとの経験を活かせばいいかな、と不安はありませんでした。普段、大人と猫とで生活していますが「おねしょシーツ」「尿臭対策グッズ」とその手のものも家には揃っていました。
かつて腫瘍ができて排泄が一緒に寝るお布団になった小梅ちゃんや尿テロ猫の現役梅ちゃん、ガチの排尿排便に障害のある桜がいたので、その大規模バージョンと捉えて、義母のベットも抜かりなく準備をしていました。
「横綱 義母、大関 梅ちゃん、小結 桜」そんな番付をつけるような日が1日だけありましたが、それもみんなで笑っておしまいでした。
症状に病名をつけることは、一般人の家族にはできません。家族にできることは、症状を不安視して、病名ラベリングのために病院を巡ったり、症状を表出させないように薬で抑えたりすることでもないと思います。
家族にできることは、本人の生きるために持つ原資を活用し増やし、少しでも生きやすく、過ごしやすくすることのように思います。特に高齢者の場合は、「気持ちよく過ごせる」ことは原資を微量でも増やすことにもつながるように思いました。
「また来るよ!良くしてくれてありがとうね。会うのを楽しみにしてる」そう言って結婚して会っていた時と同じ笑顔で義母は帰って行きました。
発達障害、自閉症だ、認知症…。そんなラベリングにこだわらず、個々人がそれぞれの持つ人生という物語を思う存分発揮できるように治す。
そんな思いを持った今年のお正月でした。
それにしても、日頃の梅ちゃんの尿テロ、桜の粗相の経験が役に立つなんて。全く持って、人生の経験に無駄はないものですねぇ。