アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

ブルドック~「キハ81」系

2017-07-07 15:00:00 | 国鉄時代(カラー)

昭和30年代に生まれたキハ80系列には、少数ではあるが非貫通型の先頭車キハ81が存在した。東北線がまだ全線電化されていない時代に生まれ、その後は紀勢本線に渡り、特急「くろしお」として紀伊半島を縦断していた。

のちに登場するパノラミックウィンドウを持つキハ82系に比べて、随分と厳つくグロテスクな面持ちのキハ81には、数回乗車する機会はあったが、当時撮影することはほとんど出来なかった。アントンKが本格的に鉄道写真を始めた頃に消えてしまった車輛の一つに数えられるだろう。物凄い轟音とともに荷坂峠を越え、ほとんど歩いた方が速いのではと思うほどの走りであり、長大トンネルでは、排気ガスが車内に逆流してきて、車内が紫色に見えた事も今では懐かしい。オンボロだったが超が付くほど個性的で、そしてどこか憎めない車輛だった印象がある。

どれも人前に出す写真ではないが、無い中から1枚だけ貼っておく。

1977-01-03    2D くろしお キハ813       紀勢本線/白浜駅にて

 


新世代のローカルDC発表!(GV-E400系ほか)

2017-07-05 08:00:00 | 鉄道写真(EC)

数年前から話題となっていたJR東日本のキハ40系列の代替形式が発表になった。

ディーゼル発電機で発電しモーターを駆動して走行するJR東日本お得意のシステムのようである。今年度中に試作車が登場、その後2~3年で一気に現在の40系列を駆逐していくことになる。現状のローカルDCがお好きなファンは今後趣味活動がさらに多忙となり、ある意味羨ましく思うが、アントンKはというと、あまり心が動かない。それはキハ40系に対してあまり馴染みがないからだと思う。キハ40系を考えると、この形式がデビューした時代1980年代の新製車甲種回送くらいしか自分の中では印象がない。つまりこういった車輛たちは、地元の足として普段から日常化された何の他愛も無い車輛なのだ。通勤通学、生活の足としての毎日乗車している方々にとっては、長年のことだから思い出も尽きないのだろう。逆に言えば、日常だからこそ、このキハが身近なファンにとっては一大事なのだと思う。

先日、鉄道ファン、それも撮り鉄も乗り鉄もする旧友からメールが入った。その日は、岡山から「やくも」で布原越え、宍道から出雲坂根スイッチバックを越え備後落合まで行くという内容だった。全10通に及ぶメールだったが、道中の何気ない状況が手にとるようにわかり、それを読んでどこか羨ましくなってしまった。この界隈も乗客が激減してしまい大変だと聞く。旧友のラストメール

「少しでも、乗って残そう、閑散線区!」

という一文が、やけに心に突き刺さった。

写真は、まだSL運行以前の磐越西線で撮影したキハ40系ローカル。現在この場所は有名撮影地になっているようだが、この時はもちろん一人占めだった。

1993-11-07     JR東日本/磐越西線:

今回発表された GV-E400系新型気動車。どんな走りを見せるのか今から楽しみだ。


劇的クライマックスを追え!

2017-07-02 22:00:00 | 鉄道写真(SL)

蒸気機関車の撮影で一番のシーンは、峠越えのポイント。上り坂が続く勾配区間での蒸機の表情はいつも素晴らしいものだ。それは線形や景色もさることながら、やはり音と煙の圧倒的主張だろう。何度撮影してもまた撮りたい!と思える一種の陶酔状態となる。そのファインダーの中の蒸機は、アントンKにいつも「前に進む」という勇気を気づかしてくれる。とても大きく頼もしく雄大に思えるのだ。音楽なら楽曲のクライマックス(頂点)までの経過部の長いクレッシェンドとでも言い換えられるか。一音も聴き逃すまいと神経を集中しているのと同じように、ファインダーの中で迫ってくるカマに負けまいと全神経をこの画像に集中してシャッターを下ろしているのだ。

写真はかつての釜石線のD51。この宮守の上り坂は今でも人気のポイントではないか。この日は真夏なのに物凄かった!カマがファインダーの中に入ってきても中々大きくならない。ここの25パーミルの上りにデゴイチがあえいでいるのだ。物凄く濃く大量の爆煙が立ち上り、ブラストが山にこだまする。フィルムが無くならないように慎重にシャッターを切るが、迫りくるデゴイチの迫力とともに興奮をあおられてしまい、いつしか気持ちのままシャッターを切っていた。

1990-07-29  9601レ D51498       JR東日本/釜石線:宮守-柏木平にて

 


蒸機の動感を読め!

2017-07-01 10:00:00 | 鉄道写真(SL)

昔どなたかが、

「数ある機械の中で一番人間に近いのは、蒸気機関車だ!」と誇らしげに言った。

確かにアントンKもそう思う。近代的な車輛達とは違って、うんと個性丸出しだし表情も豊かだ。それは煙や走行音から来る動感と言えるかもしれない。ある時は軽やかに目の前を通り過ぎ、またある時は上り坂を苦しそうにあえいで全身全霊の姿を我々に見せる。十人十色と人を言うが、蒸機に関しても全くその通り。あれだけ全国にいたD51だってそれぞれの運転テクニックが必要だったと聞く。機嫌の良い時と悪い時があるなんて、まさに人間そのものに思えてしまうのだ。そしてそんな蒸機に人生を懸けた人達も未だに多く存在することも事実なのだ。

復活蒸機しか知らないアントンKでも、その走りを見たり聞いたり、そして諸先輩方の武勇伝を聞いたりすることで、蒸機の素晴らしさが伝わるが、これが伝われば伝わるほど蒸機現役時代が恋しくなってしまうのだ。やはり音楽と同じで、写真や映画では伝わらない世界がある。まさにそこにいることに意味があり身体で感じるのだ。体験することがいかに大事なことかが再認識できる。一枚の写真から、そんな想いが少しでも伝わるようになるには、まだまだ修行が足りない。自分自身そう思う。蒸機の動感を読む。新たな課題がいつも立ちはだかっている。

掲載写真は、冬の磐越西線のSL会津路号。出発からいきなりの25‰に全開で挑む雄姿。

2000-02-06  9232レ     D51498    JR東日本/磐越西線:東長原にて