アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

ED16~深夜の集い

2019-10-13 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)

EF57と同じように、初めて思い入れを以って撮影に出ていた電機はED16だった。

アントンKが鉄道撮影を始めた頃から、その存在に気がつき、比較的アクセスがしやすい線区だったことも手伝って、四季折々の表情を撮影してきた。とは言っても、今振り返ると満足できる画像は限られてしまい、当時の想いが伝わってこない印象で何とも歯痒い気持ちだ。過去にもここで掲載したように、1983年のさよなら運転までの約8年に渡って撮影出来たことが、唯一の救いかもしれない。それぞれに思い出があり、仲間内と重連運転の撮影に何度も行った時のことや、2月の梅、4月の桜と、沿線に咲き乱れる四季の色どりを絡めての撮影は今思い出しても楽しかった。

そんなED16の撮影記の中でも忘れられない日がある。臨貨の運転がある日、深夜の奥多摩はED16で賑わっていたのだ。終電もとうに終わり、消灯して静まり返った奥多摩構内だったが、数人のファンが熱い想いでカメラを向けた光景が掲載写真。夜中の青梅街道をひたすら西へと向かい、ファミレスで時間調整をしながら奥多摩を目指す。季節は秋真っ只中だったが、深夜とあってかなり寒かった記憶が残っている。普段はパンタを下ろし、明日の仕業に備えて静かに休んでいるED16も、この時ばかりは、お互い談笑を楽しんでいるかのようで、いつもとは違うED16の魅力が発見できた。時たま唸るコンプレッサーに生きる鼓動を感じ、暗闇に消えていく臨貨を最後まで見送った。

1982-11   ED1613 - 18 -  8  - 10     青梅線:奥多摩駅にて


EF10~懐かしの品鶴線をいく

2019-10-12 15:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

スマホから、けたたましい警告音が鳴り響き、恐怖をあおられている。8年前の震災の光景が目に浮かんでしまうくらいの切迫感のある音が鳴り、気持ちが暗く沈んでしまった。多摩川が増水で氾濫の危険性が高まっているらしい。まだこれから台風が近づいてくるタイミングで心配この上ない。

今の時代、情報だけが先へ先へと急いであおりまくられ、まともに信じたお年寄りなど、かえって危険なのではないだろうか。この時間、近所の鉄道は運休、幹線道路も車は嘘のように少ない。大都会東京は、文字通りマヒ状態に陥った。何事もなく、また真っ青な秋空が見たいものだ。

昔、東横線の窓から、増水した多摩川を見て驚嘆したことがある。その時は、普段あるはずのグランドは消え去り、土手いっぱいにあふれ出た濁った川の水量に言葉を失ったのだが、こんなでも電車は動いていた記憶がある。安全に勝るものは無いが、必要以上の危機管理であおりまくり、災害を最小限にというやり方は、その線引が難しいところだ。

多摩川を渡るEF10直流電気機関車。ちょうどこのポイントの上流に、東急東横線の鉄橋がある。昔から多々思い出が多い場所だけに、無事の願いをこめて掲載しておく。ヒサシはなく、のっぺらとした端正な顔立ちで迫りくるEF10は、東京機関区のカマ。ステップの白塗りがその証。遠い夏の日の思い出の1枚。

1976-08-10  単5580ㇾ  EF1030       品鶴線にて

 


昭和の頃・・憧れの山崎にて

2019-10-11 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)

関東の有名撮影地が根府川なら、関西ではここ山崎だった。もちろんこれは、当時のアントンKの中だけの話で、どこで撮影したら良いのか分からなかった時代。初めてこの複々線の大カーブを見た時、随分広くて大きいポイントだと驚いた事を思い出す。鉄道趣味も駆け出しで、友人と二人初めての関西旅行に出た。列車にカメラを向けることもままならず、見よう見まねで撮影した遠い日。この時は何を目的で旅行したのか定かではなくなった。ただ東京から各駅停車を乗り継ぎ関西に入り、意外と遠く身体が痛くなったことはよく覚えている。今同じことをしたら、もっと快適なのだろうが、そんな機会は巡ってこないだろうか。

まだHゴムが入っていないEF58163号機が目に留まったので掲載。この頃は、EF57が好みで、ゴハチは天敵の時代。ゴハチの形態までは深く把握していなかった。時間が経って思いもよらぬ発見となった。荷物列車も往年の時代にしては短いが、茶色の10系が連なっているのが確認できる。

1975-07-28 荷42ㇾ EF58163       東海道本線:山崎-高槻にて


ヴィルトゥオーゾ崔文洙氏の輝き

2019-10-10 20:00:00 | 音楽/芸術

見覚えのある音楽家たちの顔が舞台に並んでいる。今回は、いつも音楽を通して「心」を頂いているヴァイオリニストの崔文洙氏プロデュースによる室内楽の演奏会に出向いてきた。

長年アントンKの趣味の一つは、音楽鑑賞だが、今までの大部分は、クラシック音楽の鑑賞が中心にあった。それも交響曲や管弦楽曲などの大編成で構成された楽曲ばかり。学生時代は、クラシック音楽とともに、日本の流行歌やビートルズに代表される海外の楽曲、そして末にはハードロックまで聴くようになり、来日の際はライブ会場へと押し掛けたものだが、今やそれら楽曲は、時代とともに自分の心の奥へと埋没してしまい、やはり本命のクラシック音楽に落ち着いている状況だ。3年前の大フィル演奏会で、たまたま出演していたコンマスとしての崔氏の圧倒的なパフォーマンスと芸術性に心を奪われ、それ以来彼の虜になっているアントンKだが、こうして彼の奏でる音楽を鑑賞することで、自然と自分自身の中にも、今までにない新しい発見、そして新たな分野への挑戦のきっかけとなる。ここ数年で、随分と鑑賞レパートリー、それに鑑賞のポイントにも変化が現れたと思っている。だからアントンK自身も、このところ演奏会が楽しくて仕方がないのだ。

崔氏の演奏は、人間の喜怒哀楽の感情が凝縮されているような、音色の中には聴こえていない「気」のようなものが存在している。それは彼の培ってきた奏法からくるものなのか、よくわからないが、数々の演奏体験をされてきた中から、生み出されたものなのかもしれない。こんな駄文では語りつくせず、理解するには実際に実演に触れて頂くほかないのだ。

今回は、室内楽曲の鑑賞ということで、いつもよりカブリ付きで体験させて頂いたが、彼の演奏中、アントンKは発せられる音色に全身が包み込まれ、音楽の洞窟に吸い寄せられる感覚に陥った。前半、後半とも崔氏の思い入れのある楽曲が並ぶが、一度演奏中、感情のスイッチが入ると、そのオーラは会場を満たし、その「気」が他の演奏者にまで届き、とてつもない大きさとなり、ドラマティックな演奏に変わっていくのがわかった。

フランクは有名なシンフォニーくらい、ショーソンに至っては、よく聴いたことがなかったアントンKだが、今回の演奏会をきっかけとした一夜漬けもあまり役立たずだったかもしれない。どんな楽曲かはわかったとしても、崔氏とその仲間たちとの一期一会の音楽は、アントンKに勇気と情熱を享受し、途中で感情を抑えきれなくなったのだから・・

オーケストラの演奏会は、演奏者よりも指揮者の解釈により内容は大きく左右し、演奏の好みも千差万別になる。今回のような少人数の室内楽は、音楽を通してより個々の演奏家の生きざまに触れることが今更ながら分かった。譜面に向かうプレーヤー達の真剣な眼差しのカッコ良かったこと!音を楽しんでこそ音楽だし、本物の演奏家であり芸術家なのだろう。ここまでまとめ上げた崔氏自身こそ、ヴィルトゥオーゾそのものなのである。

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 室内楽シリーズ

ヴィルトゥオーゾへささげるオマージュ~プロデュース 崔 文洙

 

フランク  ピアノ五重奏曲 ヘ短調 M.7

ショーソン ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲ニ長調 OP21

アンコール

フランク  ヴァイオリンソナタ 終楽章

ショーソン ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲より第4楽章

 

Vn      崔 文洙

Vn       ビルマン聡平

Vn        宗田 勇司

Vla       脇屋 冴子

Vc        長谷川 章子

Piano    野田 清隆 

2019年10月9日 すみだトリフォニーホール 小ホール    

 


嫌われたゴハチ再認識!

2019-10-08 21:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

国鉄電機の象徴と言ったら、相変わらず「EF58」が筆頭に上がる鉄道趣味の世界。あれだけ動いているゴハチを見なくなって時間が経っているはずなのに、僕らの世界では、未だに絶大なる人気があるようだ。現役ゴハチを知らない世代も、語り継がれたものを引きずって、憧れや夢を描いているようだ。アントンKが、現役蒸気に憧れていたように、時代とともにその憧れは変化していくはずだが、すでに動態保存もされていない電機に対してのファン思い入れは、やはり凄いものを感じてしまうのだ。

アントンKにとっては、EF57を追いやった電機が当時はEF58だったから、ゴーナナへの憧れの方がどちらかと言えば強く残っている。もちろんその後、御召列車という特別な列車に触れ、ロクイチという機関車の圧倒的な存在感は、今さら言うまでもないのだが、その後の未だ現役のEF65型やPF型の人気よりも、なぜゴハチなのかちょっと理解できないでいるのだ。

当時EF58の中でも、嫌われていた148号機。栄光の東京機関区所属であるがゆえに、ロクイチを筆頭とした人気物の影に隠れて、肝心な列車の時にいつも顔を出すカマ。それが148号機だった。現役を知らない諸君にはちょっと理解できないかもしれないが、現代の何でもありの価値観からすれば、この148号機も、随分大人しく見えてくるから不思議なものだ。

掲載写真は、曇天でシャッタースピードが稼げず、やむなくカメラを振って撮影したEF58148号機。今の目で見ると、スマートで引き締まった車体を持つEF58は、個々の形態云々を語ることより、機関車そのものの持つ美しさに気づかされる。これも歳を重ねた証拠かもしれない。

1981-11-20  9844ㇾ EF58148      東海道本線: 平塚付近