アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

ビギーバック輸送~EF66

2019-12-16 19:00:00 | 鉄道写真(EL)

今ではほぼ単独で撮影に出ることが多いアントンK。いつもの川崎界隈なら、誰かしら顔見知りに会い、情報交換を含めた一時を過ごせるが、鉄道撮影目的で遠征し、気ままに時を過ごすのはもっぱら一人のことが増えてしまった。思うように時間が取れなくなったことが最大の原因だが、今回本当に久しぶりに3名の同士とともに撮影に行ってきた。ターゲットは一つに絞って行動を共にしたが、忘れてしまっていた昔のワクワク感が蘇り、何とも充実した時間を送ることができたのだ。やはり同じ気持ちで撮影に臨み、喜びを分かち合う一瞬は、どんなに時代が変わろうとも不変であり、青春そのものだった。出来れば、可能な限りそんな時間をこれからも持ちたいと思い直したのである。

鉄道撮影という趣味は共通だが、アントンKを含めた4名それぞれが異なった撮影経験を持ち、そして想いがほとばしり、お互いとても刺激になり励みになる。これは、やはり最終的には、より一層趣味的見識を深め、お互いに信頼を築いていくことになると確信した。雑談の中で話題になったビギーバック輸送。幹線道路でよく見慣れたトラックを専用の貨車に載せ、コンテナとともに走った特急貨物列車。かつてアントンKも何度かそんな列車に出くわしていたので掲載しておく。カートレインとは違い、トラック直積みなので、とても迫力を感じたことを思い出す。全編成ビギーの列車は見たことが無かったが、実際はどうだったのだろうか。こんな個性的な貨物列車も、知らない間に消えてしまっていた。

1990-08-07      EF6615      JR東日本/東海道本線:湯河原付近


貨物機の団臨は蜜の味?!

2019-12-14 18:00:00 | 国鉄時代(カラー)

普段では中々見ることが出来ない列車が、特別にその日だけ運転される。こんな情報が舞い込んできたら、まずは食指が動いていたアントンK。その最たる列車は、御召列車だろうが、近年ではご存知の通りの状況で、列車そのものが減少してしまい趣味的に考えても残念でならない。

貨物用電機が客車列車を牽く姿にも随分と憧れたもの。まず思いつくのは、高尾初詣臨として走った八王子のEF13とEF15だ。1月になると、決まって12系や14系で東北方面からの列車を新宿で継承し、あの中央高架線を日中に威風堂々と走行し、沿線の乗客たちの目をくぎ付けにしていた。アントンKの目にも、茶色の電機がブルーの客車を牽く姿は、新鮮に感じたもの。EF57がそうだったが、やはりそこは貨物機、ゴーナナのような華が無かった記憶がある。それでも、貨車の前に立つ時とは違い、どこか誇らし気に感じていたのも懐かしい思い出となっている。

掲載写真は、EF12の12系客車団臨。吾妻線での撮影である。当時ここの貨物列車は、EF12が担当だったが、稀に走る団体列車は、そのままEF12が先頭に立っていた。EF12の引退後は、EF15に引き継がれたが、時にDD51を使用した列車も度々運転されていたようである。まだ残暑が厳しい西日の眩しい日だったと記憶している。

1979-08-13  回9532ㇾ  EF12 1   12系客車6車  吾妻線:祖母島付近


信越山線の主だったEF62

2019-12-12 16:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

鉄道趣味に関わっている時代によって印象がまるで違うのが、EF62という電気機関車ではないだろうか。ロクニは、紛れもなく信越線用として生まれた機関車ではあるが、晩年ご存知のように、東海道線を荷物列車けん引車として走ることになり、イメージもかなり変化した機関車だろう。アントンKにとっては、もちろんロクニは山の機関車として印象が変わらなかったから、里に下りてからの東海道での活躍ぶりを見て少々胸が痛んだ。いきなり高速で西へ東へと、片道1000キロ以上の道のりを爆走させられていたからだ。実際、頻繁に機関車故障を起こしていたと聞いているが詳細はわかっていない。

軸配置C-C型というある意味特殊な電機であり、その魅力も多々語れるほどあるが、やはりロクニは今でもロクヨンと並んで山の機関車であると思いたい。

掲載写真は、本来の仕事場、信越本線を行くEF62たち。中線に待機していた貨物列車の横を、荷物列車が入線してきたシーン。荷物列車というと、どうしてもゴハチ=東海道と思いやすいが、主要線に走っていた荷物列車は、各地で色々な機関車にけん引され、信越線ではEF62重連で山越をしていた。碓氷を筆頭に、信越北線も山が深く、また豪雪地帯でもある。はたまた海岸線をいく信越線は、全く違った印象を持っていた。

1979-02-15    荷4047ㇾ  EF6248+45    信越本線:黒姫駅にて


急行「きたぐに」客車時代

2019-12-11 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

今では急行「はまなす」を最後に、消えてしまった夜行急行列車。長年国鉄時代から数ある急行列車の中でも、名門と呼ばれた急行列車は多い。函館山線を走った急行「ニセコ」を筆頭として蒸機急行の名列車も数知れず多いはずだ。残念ながら、アントンKには本でしかその雄姿を見ることが出来なかったが、その反動がその後の時代に繋がっていったのかもしれない。

自分の写真史を振り返ると、客車急行列車では、やはりゴーナナで注目した「津軽」「八甲田」がまず上がる。そして「おが」「越前」「天の川」「鳥海」なども、乗っても撮っても世話になり思い出が多い列車たちとなる。電車急行で区切ると、「アルプス」「佐渡」「信州」そして「東海」あたりか。やはりたくさん乗車した分、エピソードも多いし車両に対する思い入れも多かったことに気づかされている。

ここでは、大阪-青森を結んでいた急行「きたぐに」を掲載しておく。後年583系化され、新潟止まりとなった「きたぐに」だが、客車時代は、なかなか豪華な編成だった。座席車はすでに12系になっているが、しっかり10系のロネ、ハネが連なり、優等列車であることを誇示していて頼もしい。こんな近くに日本海が見える駅に初めて降り立って、感激した当時の想いが蘇ってくる。まだまだ駆け出しの時代、夢を追っていた頃の画像。

1978-05-21   501ㇾ  EF813 急行「きたぐに」  信越本線:青海川にて


185系引退に寄せて~電車御召の思い出

2019-12-10 20:00:00 | 鉄道写真(EC)

来る2020年(令和2年)は、何かと区切りの年になるかもしれない。個人的にももちろんだが、鉄道趣味においても春の改正は大きなものになるというから、今は期待と不安が入り混じっている心境なのである。その改正を待たずして、相模線のJR乗り入れが始まっているが、いつもの川崎界隈にも新しい風が吹き、アントンKにはまだ馴染まない列車が時折姿を見せている。

最近E261系という新型電車がデビューし、マスコミをも賑わせていたが、これが来年から新しい「サフィール踊り子」として運転を開始する。鉄道ファンの間では、通常の「踊り子」号に使用されている185系の方が車齢が古く、先に引退すると思われがちだが、実際には車両数からか251系の方が先に旅立っていくようだ。とはいえ185系も最後の国鉄型特急電車と言われ、今後を考えても後を追う形になってしまうだろうから、あのモーター音を耳にする機会も減ってしまうことになるのだろうか。185系がデビューした1981年、まずは観光特急の「あまぎ」に投入されるのではなく、153系の運用に入っていった。車両の両端に幅広めの出入り口があり、これが特急車か?とも思ったが、今までにない白地に斜めのグリーン帯は、当時のインパクトは絶大だった。153系との混結運転も見られ、特急車なのに急行「伊豆」にも投入されていた。そんな185系も来年から大きな動きがありそうである。

ここでは、185系電車使用の御召列車を掲載しておく。御召電車と言えば、それまで157系と決まっていて、御料車ならぬクロ157が必ずお目見えとなっていたが、時代も変わり、JR化後は185系電車に置き換わり、クロ157も登場せず、サロで代用となった列車も数多く運転されていた。今回は、寄居御召とされる列車で、クロ157を期待しながら線路端に立ったが、無念にも裏切られ中途半端な写真に終わった思い出ある画像。地元の児童さんが日の丸を振り、歓声を上げていたのが懐かしい。

1993-05-13     両毛線御召列車 185系