杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

クレッシェンド 音楽の架け橋

2022年09月11日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2022年1月28日公開 ドイツ112分 G

世界的に名の知られる指揮者のエドゥアルト・スポルク(ペーター・シモニスチェク)は、紛争中のイスラエルとパレスチナから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くというプロジェクトに参加する。オーケストラには、オーディションを勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスをつかんだ20数人の若者たちが集まったが、彼らもまた、激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは、コンサートまでの21日間、彼らを合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合うことで、少しずつ心をひとつにしていくオーケストラの若者たち。しかし、コンサート前日にある事件が起こる。(映画.comより)

 

世界的指揮者のダニエル・バレンボイムが、米文学者のエドワード・サイードととともに1999年に設立し、イスラエルと、対立するアラブ諸国から集まった若者たちで結成された「ウェスト=イースタン・ディバン管弦楽団」をモデルに、長く紛争の続くイスラエルとパレスチナから集った若者たちがオーケストラを結成し、コンサートに向けて対立を乗り越えていく姿が描かれたヒューマンドラマです。

ヴィヴァルディの「四季」より《冬》、ラヴェルの「ボレロ」、パッヘルベルの「カノン」、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」、ドヴォルザーク「響楽セレナード」「交響曲第9番『新世界より』」・・・クラシックの名曲の数々が若者たちの対立と葛藤、恋と友情を彩っています。「クレッシェンド」は、音楽用語で「だんだん強く」を意味します。彼らの音楽により生まれた小さな共振がやがて大きく響いていく・・・ラストの空港での協奏は、憎しみによる分断の中の一筋の希望の光のように思えました。

スポルクのもとをカルラ・デ・フリーズ(ビビアナ・ベグロー)が訪れ、平和を祈るコンサートの提案をしたのが始まりです。彼女が属する平和活動に従事する財団では、ヨルダン川西岸地区(パレスチナとイスラエルの中間にある)での音楽学校設立の計画があり、その一環として、双方の若者からなるオーケストラ楽団を結成して平和を祈るコンサートを開こうとしていました。

パレスチナ・カルキリヤでは、ヴァイオリン奏者のレイラ(サブリナ・アマリ)と、幼馴染のクラリネット奏者のオマル(メディ・メスカル)がオーディション会場に向かいます。国境の検問の非友好的な様子に胸がざわつきます

イスラエル・テルアビブで暮らすフレンチホルン奏者のシーラ(イーヤン・ピンコヴィッチ)と、ヴァイオリン奏者のロン(ダニエル・ドンスコイ)もオーディションに参加しました。

オーディションは公正を期すために衝立が用意されていて、レイラやロンは合格し、シーラとオマルは翌日再テストを受け合格します。純粋に能力で選ぶつもりだったスポルクでしたが、パレスチナ人の合格者が少ないことを問題視したカルラにコンサートのテーマはあくまでも“協調”だと割合を半々にするよう押し切られます。前途多難を予感させますね

練習を開始したものの演奏は全く噛み合いません。パレスチナとイスラエルの対立の深さを思い知らされたスポルクは歩み寄りに苦心します。そんな中、オマルとシーラの間には密やかな共感が生まれていきます。

結束を高めようと考えたスポルクは、南チロルで21日間の合宿を開くことにします。コンサートだけならと思っていた親の反対を押し切ってレイラとオマルも含め皆が参加します。

スポルクは現地に住むヴァレンティーナと再会します。彼の両親はナチの収容所の医者で、逃げる途中の南チロルで密告され射殺されていました。ヴァレンティーナは匿ってくれた家の娘でした。

スポルクは両者の息が未だに全く合わないことから個別に練習させることにしましたが、それでも隔たりは埋まることはありませんでした。双方を向き合わせて相手国への不満を5分間ぶちまけさせ、罵り合いを繰り広げ疲れ果てた彼らを前に、スポルクは「ここは中立地帯だ。まずは相手を5日間信じてみろ」と呼びかけます。さらに彼自身の過去を告白したことも作用し、両者の間に少しずつ連帯感が生まれていきます。

練習の合間の交流の描写は若者らしい明るく華やいだエネルギーに満ちていて、人種のわだかまりを忘れさせてくれます。オマルとシーラが惹かれ合う過程も自然に盛り込まれていました。

オマルはスポルクからドイツ留学を薦められます。シーラに話すと一緒に留学しようと言われますが、家族や紛争のことを考え悩みます。二人の仲を知ったレイラはオマルに気を付けろと忠告します。

外出中、何者かにスポルクがペンキをかけられる事件が発生し、警備員のベルマン(ゲッツ・オットー)は警備を増強しようとしますがスポルクに止められます。彼は「ナチの息子」という烙印を甘んじて受け続けているのですね。 コンサートが2日後に迫り、演奏にも連帯感が生まれてきます。その夜開かれたパーティでシーラとオマルは結ばれますが、シーラが友人に送った写メが原因で両親に知られ連れ戻されることになります。シーラはオマルに駆け落ちを持ち掛けます。何とも軽率ではあるけれど、これが若者だよな~~

合宿所を抜け出した二人を追って捜索隊が出されますが、逃げようとして(冒頭のシーンですね)オマルが事故に遭い死んでしまいます。シーラはベルリンからやってきた伯父に連れ戻され、コンサートは直前で中止が決まります。あっさり次のプロジェクトに気持ちを切り替え去っていくカルラは結局、単なる仕事としてしか考えていなかったのね何だか傲慢だなぁと感じました。

やりきれない気持ちのまま帰国することになった楽団員たちは、空港でもガラスの壁で隔てられています。突然ロンがヴァイオリンを奏で始めます。呼応してレイラも弾き始め、やがてそれぞれの楽器を手に演奏を始めるその音色はオーケストラとして心を一つにしたものになっていました。

決してハッピーエンドではないあたりが、現実を捉えているようで、寂しくも悲しくもありますが、だからこそこの空港での演奏が心に響くのでしょう。


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