杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

本を守ろうとする猫の話

2022年09月23日 | 
夏川草介(著)小学館(刊)
「お前は、ただの物知りになりたいのか?」 夏木林太郎は、一介の高校生である。夏木書店を営む祖父と二人暮らしをしてきた。生活が一変したのは、祖父が突然亡くなってからだ。面識のなかった伯母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は、書棚の奥で人間の言葉を話すトラネコと出会う。トラネコは、本を守るため林太郎の力を借りたいのだという。痛烈痛快! センス・オブ・ワンダーに満ちた夏川版『銀河鉄道の夜』!(本紹介より)

序章 事の始まり
高校生の林太郎の両親は彼が幼い頃に離婚し母も若くして他界したため、小学校に上がる頃には祖父に引き取られ、その後は古本屋を営む祖父と二人暮らしでした。しかしある朝、祖父が亡くなってしまいます。叔母に引き取られることになった林太郎は学校を休んでいて、心配した先輩の秋葉良太が様子を見に来ますが、林太郎は淡々と接します。

第一章 第一の迷宮「閉じ込める者」
店の中で書棚を眺めながら途方に暮れる林太郎の前に、一匹の猫が現れ、「わしはトラネコのトラだ」と名乗り「お前の力を借りたい」と言います。
ある場所に閉じ込められている本を助け出すために力を貸せと言うのです。戸惑う林太郎にトラは「大切なことは常にわかりにくい」とサン=テグジュペリの「星の王子さま」の一節を引用します。林太郎はトラに祖父と似たものを感じます。
トラに案内された先には大邸宅があり、様々な装飾がありましたが、雑然としてとりとめがありません。トラは「哲学も思想も趣味もない。」とこき下ろします。やがて着いたのは壁や床、天井が全て白一色の巨大な空間で、そこには沢山並ぶ鍵のかかった白いショーケースの中にそれぞれ本が入っていました。
大邸宅の主人は真っ白いスーツを着た長身の男で、これまでに数万冊の本を読んだと自慢しました。でも彼はその本を一度読んだら二度と読むことはなかったのです。「常に大量の書籍を読み続けることで、知識を蓄えることが時代をリードすることだ」と言う男に、林太郎は祖父の言葉を思い出します。「沢山の本を読むことは良いが、本の力はお前の力ではないのだから勘違いしてはいけない」と。林太郎は男に「貴方が愛しているのはこんなにたくさんの本を読んだ自分自身だ。本当に本を愛しているなら本を閉じ込めるようなことはしない」と言います。
好きな物語を何度も読み返した経験のある人なら納得の「真実」ですよね😌 


第二章 第二の迷宮「切りきざむ者」
林太郎の祖父は昔どこかの大学でかなり高い地位にいて、世の中を良い方向に持って行こうと努力したけれど力及ばず志半ばで社会の表舞台から退場していました。
再びトラが現れ力を貸せと言った時、店に不登校の林太郎のことを心配したクラスの学級委員長の柚木沙夜がやってきます。トラの言葉を聞き取れることに驚きながらも、二人と一匹は第二の迷宮に向かいます。行き着いたのは、読書に関する様々な研究をしている世界最大の研究施設で、果てしない階段を下りた先の「所長室」には、丸々と太った恰幅のいい男がいて、大音響で音楽をかけながら鋏で次々と本を切り刻んでいました。「読書の効率化」を研究していると言う男は、速く読むためにあらすじを究極までに簡潔にしているのだと言います。彼の理論に引き込まれそうになっている沙夜の腕を引き、林太郎は祖父の「本を読むことは、山に登ることと似ている」という言葉を思い出し、男と対峙します。カセットで流れる音楽を早回しにした林太郎を「それでは音楽が台無しだ」と非難する男に、林太郎はあなたが本にしていることも同じことだと言うのです。
私がブログであらすじを書くのは、それが自分の記憶の道標になるからですが、だからといってあらすじだけで全部を知った気になるわけではなく、本当に好きな物語はその細部の描写も味わい読み(観)返します。でも逆につまらないと思ったら読み飛ばしたり早回しで再生することもあるのでちょっと耳に痛いかも。😔 

第三章 第三の迷宮「売りさばく者」
これが最後だと「第三の迷宮の主人は、いささか厄介だ」と言ったトラが林太郎と沙夜を案内したのは、巨大な高層ビルの「世界一番堂書店」でした。社長室には白髪の痩せた初老の紳士が待っていました。夏木書店を「売れもしない難解な本を並べて自己満足に浸っている時代遅れのむさ苦しい古本屋」と露骨に敵意を示します。ビルの窓から次々と本が投げ捨てられる光景を社長は「今の現実の世界」と言い、「毎日山のように本を作り売り捌き、その利益で更に多くの本を作りまた売り捌く」のだと持論を展開します。まさに「現実」の出版社事情のように感じられます。😖 売れることが全てで売れなければ消えるだけ、本は消耗品と言い放つ社長でしたが、林太郎はその言葉の矛盾に気付いて社長は本当は本が好きなのだと指摘して、それを認めたら好きじゃない本は作れなくなると言うのです。理想論だけど正論だよなぁ😔 

第四章 最後の迷宮
引っ越し当日を迎えたクリスマスイブの朝。林太郎の前にまたもやトラが現れ力を貸して欲しいと言います。力は喜んで貸すが沙夜は巻き込みたくないという林太郎に、トラは彼女が囚われていると話します。
彼らが行き着いたのは小さな一軒の家で、黒服の初老の女性が本について真剣な会話がしたいと言い、「本についての理想と現実の違い」を問うてきました。彼女は1800年も読み継がれてきた本ということで、頭に浮かんだのは聖書です。彼女は3つのスクリーンを示します。そこには第一から第三の迷宮の主が精細を描いた状態で映っていました。林太郎の言葉に心を動かされた彼らの現実を見せながら彼女は「哀しいことだと思わない?」と問います。本の危機について絶望を覚えている彼女に返す言葉を思いつかず失望させた林太郎ですが、沙夜を返してもらうという目的を思い出し、「本には人を思う心を教えてくれる力がある」と答えます。スクリーンの中の3人も決して自分の今の境遇を後悔していないと後押しします。林太郎は沙夜を取り戻します。

終章 事の終わり
祖父が亡くなって3ヶ月。林太郎は朝の掃除を終えて入ってきた沙夜と会話します。彼は叔母に一人暮らしを続けることを頼んで、引っ越しを断りました。叔母は林太郎に3つの約束を守るならとそれを許します。
もう林太郎は以前の無気力な不登校の引きこもりではなくなっています。沙夜とも何だか良い感じ。本を通じた友情が恋愛に変わる日も遠くなさそうです。😀 

林太郎の祖父の店には名だたる文豪の名作が揃っているようですが、実際、今どれくらいの人がそういう本を手に取るでしょう。自分自身読んだ気になっていても本当は子供向けに平易に書かれたものだったり、授業で習った作品名だったりするのでは?と不安になってきます。秋の夜長、ドフトエフスキーやスタンダールの作品をじっくり開いてみるのも・・・う~~ん、それにはもう少し時間が欲しいかな😅 


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