杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

満願

2022年09月24日 | 

米澤穂信(著) 新潮社文庫

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴(ざくろ)」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。(「BOOK」データベースより)

 

・夜警

夫の田原勝が暴れているという妻の美代子の通報を受けて駆け付けた警官三人。川藤浩志巡査は短刀で切りかかってきた田原に拳銃を発砲、彼はその場で死亡しますが、川藤も切り付けられて死亡します。警察は適正な銃の使用だったと川藤を警察葬にします。しかし緑1交番の交番長で上司だった柳岡巡査部長は、彼は警官に向いていなかったと考えていました。川藤は些細なトラブルで拳銃に手をかけようとしたり、ミスを浅知恵で誤魔化そうとする気があったのです。川藤のたった一人の身内である兄から、彼が拳銃を撃ちたがっていたことや、トラブルの尻ぬぐいを兄がしてきたことを聞かされた柳岡は、事件の裏にある真相に気付きます。交番で留守番の時に拳銃を弄って暴発させてしまった川藤が、田原に妻が浮気をしていると吹き込んで逆上させ、それを鎮める振りをして発砲し弾数を誤魔化そうとしたと。川藤は最期に『こんなはずじゃなかった』『上手くいったのに』と言い残していました。暴発の隠蔽と銃を撃つという一石二鳥を狙った彼でしたが、人間の執念を甘く見ていたため自分に返ってきたのです。部下を自殺に追い込んだ過去があり、今回も川藤に適切な対応が出来なかった柳岡は、自分も警官に向かなかったのだと悟り、警察を去ることを考えます。

いや~~、柳岡という男も好きになれないけど、川藤はサイテーだね

・死人宿

突然消息を絶った恋人・佐和子を追い、かつて職場の人間関係に悩む彼女の気持ちに寄り添えなかったことを悔いて山里の温泉宿を訪れた男。彼女の叔父が営む温泉宿は、死にたい人間の間で「死人宿」と評判になっています。佐和子の元気な様子に安心した男は彼女を連れ戻したいと思い始めます。そんな彼に佐和子は相談を持ち掛けます。露天風呂の脱衣所にあった遺書の落とし主を探して欲しいというのです。宿には若い男性と髪の長い痩せた女性、短い髪を紫に染めた女性の3人が泊まっています。警察は事件が起こる前は対応してくれません。男は3人の誰が落とし主か、佐和子と共に部屋を訪れさり気なく観察して意見を言いますが、その答えは以前と変わらぬ考えから発せられていて彼女を失望させます。それに気づいた男は自分の常識を一旦脇に置いて再度遺書の持ち主を考え、持ち主に辿り着き、自殺を思いとどまらせることに成功します。佐和子にお礼を言われ、彼もまた少し変わったと言われ喜んだのも束の間、紫の髪の女性の自殺死体が発見されます。そこで男は彼女が備え付けの浴衣とは別の浴衣を着ていたことに気付くのです。それが彼女の死に装束だったことに。

自殺願望の人がやってくる宿ですから、それが一人とは限らないわけで・・・現実は厳しい

・柘榴

皆川さおりは美人で頭も良い女性でした。大学で佐原成海と出会い、大勢のライバルを蹴散らして成海を勝ち取ったさおりにとって、彼はトロフィーでした。父は反対しましたが、身籠ったことで折れ結婚したさおりは二人の娘『夕子』と『月子』を授かります。夫は優しい人でしたが、定職に就かず、怪し気な連中と付き合い、家を空けることも多くなっていきました。夫のことは愛していましたが、娘たちのことを考えるとこれ以上は続けて行けず、夕子が高校受験を控えた年に離婚を決断し、成海もそれに同意します。両親が親権を争っていると知り、本を読んで勉強した夕子は母が親権を取るのは間違いないと考えて月子とある計画を実行します。本好きな夕子の一番好きな物語は柘榴の話でした。彼女が小6の夏、父と柘榴がなっているところを見に行こうと約束して秋に二人で見に行ったことがありました。家庭裁判所で審判の結果、親権が成海に認められます。審判官を問い詰めたさおりは、理由が全く身に覚えのないさおりの娘たちへの暴力と聞かされます。これは娘たちが母のDVを捏造して自分たちで傷つけたものでした。それに気づいたさおりは、娘たちの気持ちを理解できていなかったことにショックを受けます。

何故娘たちは父を選んだのか。この先がグロイ。

夕子は成海と二人きりで柘榴を見に行った日に男女の関係になっていました。彼女にとっても成海はトロフィーだったのです。美し過ぎる母は邪魔で、離婚は夕子にとってチャンスだった。けれど、月子もまた同じ思いであることに気付いた姉は妹の背中に消えることのない傷をつけます。

さおりだけでなく娘たちをも虜にする成海という男の持つ妖しい魅力は、ここまでくると禍々しい

・万灯

井桁商事に勤める伊丹は進んで海外勤務を希望し、インドネシア支社で天然ガスの事業に携わった後、バングラデシュへ開発室長として異動を命じられます。しかし、部下の高野が調査先で転落事故に遭い左腕を切断して帰国。開発地帯の近くに拠点を設ける必要性に迫られた伊丹は、雨季にも陥没せず政治的に安定しているボイシャク村に目をつけます。新しく赴任してきた斎藤に交渉を担当させますが、怪我を負って戻り、さらに強盗に狙われて嫌気がさした斎藤は辞表を出して帰国してしまいます。外国人を嫌うボイシャク村の住民との交渉は進まず、けれどこの村を外して計画は成り立たず苦境に立たされた伊丹の元に、村から一通の手紙が届きます。行ってみるとOGO(フランスのエネルギー企業)の新規開発課の森下もいて、村をまとめるマタボールのアラムから改めて拒絶の回答がなされます。理由を知りたいと食い下がる伊丹に、アラムはバングラデシュの未来のために天然ガスが必要で他国に渡したくないと話します。諦めて帰ろうとした二人を他のマタボールが密かに呼び、アラムを殺してくれたら喜んで土地を貸すと言います。遠い未来を考えるアラムを、現状を豊かにしたいと思う他のマタボールたちは排除したかったのです。覚悟を決め、事故を装ってアラムを車で轢き殺した二人(ハンドルを握ったのは伊丹)でしたが、直後森下は怖気づき後悔の念に駆られ退職して日本に帰ります。森下の口を封じるため伊丹も帰国しますが、その機内で発熱し検疫を受けます。薬で熱は下がり、森下を捕まえて殺しますが、彼はコロナに罹患していました。それは村でマタボールの孫が下痢と嘔吐に苦しんでいると言っていたことや、ぬるいチャイを飲んだことなどから明らかでした。そして伊丹もまたその場にいたのです。検疫の結果はシロだった伊丹ですが、森下を撲殺した時彼の嘔吐物に触れています。そして今、吐き気を覚えている伊丹。発症は森下殺害の発覚でもあります。ホテルから見える無数の万灯を眺める伊丹は己が裁きを待つ罪人でした。

・関守

フリーライターの男は、都市伝説のネタの取材で桂谷峠の近くの店を訪れます。数年前から年に一度車が転落して死亡する事件が起きていて『死を呼ぶ峠』として仕立てようと決めていた男は店主の老婆から話を聞き出します。一番最近亡くなったのは、県庁職員の前野拓矢で新しい資源を探しに来ていたと言います。その前は、田沢翔と藤井香奈。田沢は峠の先の豆南町出身で、実家に金をせびりにきたようです。ビールを飲んでいたため、飲酒運転が原因とされました。さらにその前は大塚史人という若者で、フィールドワークで訪れていました。4件の事故に共通する理由が見当たらずにいた男に、老婆はこの件を記事にするのか確かめると、最初に亡くなった高田太志の話を始めます。高田は彼女の娘の二番目の夫で最初の夫よりさらに酷い男でした。暴力に耐えかね孫娘と逃げて来た娘を追いかけてきた高田に抵抗し、娘は店の前の石仏で彼を殴殺しました。その時石仏の首が折れてしまったのです。以後の事故も、知らずに真実に近づいてしまった人間を事故死を装って消していたのでした。老婆の以前の職場は病院で、持ち出した睡眠薬が使われていました。取材に訪れていた男の先輩に間違われて、男も消されようとしています。

転落死と見なされたら遺体の解剖もされない・・完全犯罪だけど、こうも続くといずれ真実は明らかになりそうだけど・・・。

・満願

弁護士の藤井が独り立ちして初めて扱った裁判が鵜川妙子の矢場英司殺人事件でした。控訴審まで進みますが、妙子の希望で控訴は取り下げられ懲役8年の刑が確定します。彼が20歳の頃、火事で下宿を焼け出され新しい下宿先として先輩から紹介されたのが鵜川家で、出迎えてくれたのが妙子でした。彼女は親身に面倒を見てくれましたが、夫の重治の家業は右肩下がりでした。実家に戻らず日雇い仕事と勉強に集中していた夏、妙子に呼ばれて西瓜を馳走になっていた時、彼は古い掛軸に気が付きます。それは妙子の先祖が島津のお殿さまからもらった家宝だと教えてくれ、藤井によく勉強なさいと言いました。妙子の裁判で、藤井は金貸しの矢場の悪い評判を知り、妙子が身を守るために包丁で刺したと弁護します。事件現場の床の間の掛軸はあの家宝の掛軸で計画的犯行ならそれを血で汚す筈はないとの主張が認められたのでした。しかし後に彼はあることに気が付きます。昔妙子に連れられ出かけた深大寺のだるま祭りで買った達磨の背についた血痕は、彼女が後ろめたいことをしようとした証だったからです。下宿代の延滞を打ち明けた時、彼女が達磨に背を向けさせてへそくりを出したことを彼は思い出しました。勉強に息詰まった彼が家族の写真を伏せたのと同様、彼女も達磨に見せられないようなことをしようとしていたのだと。矢場が手に入れようとしたのはあの掛軸で、妙子は家宝を守ろうとしたのではないか?敢えて掛軸に血痕を飛ばすことで差し押さえを免れ(証拠品は差し押さえの対象外)夫の保険金で借金を返済すれば掛軸を奪われる心配もなくなると。だから夫の死を知ると控訴を取り下げたのではないかと。掛軸の還付には弁護士の力が必要です。藤井は真実に気付きながらも彼女の力になろうとします。彼は無事弁護士となり達磨の目は入りました。妙子の達磨は5年を経て満願成就されたのでしょうか。

重治は藤井に「酒に強いのも不幸だが、女房が立派なのはなお悪い」と言いましたが、確かに出来過ぎる女房への劣等感が夫を苦しめていたのかもしれません。妙子が夫をどう思っていたのかは一切描かれていませんが、彼女にとって一番大切だったのは夫ではなく代々家に伝わってきた「家宝」だったのかも。それを奪われそうになった時、彼女の中に殺意が生まれたのでしょう。

事業自得なケースもあれば、同情できるケースも。でも「柘榴」の母娘には怖気が走ります。結局彼女たちの愛は最終的には自分に向けられているのですから。

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