ドラマ 「おれは男だ!」は
僕の世代はリアルではなく
再放送を
よく見ていた
平日の夕方16時ごろの時間帯だったと思う。
青臭いセリフ
今はきっと誰一人
言わないであろう
70年代初期の青春ドラマ
そしてそのセリフはやはり
森田健作さんでしか言えないものだったり、
「おれは男だ!」から
続く学園物青春ドラマは
ちょうど思春期に
差し掛かっていく僕にとって
手引書のような、
青春期への説明書のような、
そんな役割を持っていた。
「男とは…」
「学生時代の男としての振る舞い」だったり、
主人公になりたいけど
、なれないわけで、
そんな色々な立場、
人間模様をドラマで見ながら
自分も投影し、入り込んでいた。
よく、ヤクザ映画を観終わって
出てくる人は映画の魔法にかかって
いると、いう、アレ!
僕もすぐに魔法にかかりやすい
素直な少年だったので
「おれは男だ!」の小林くんになっていた。
あんな爽やかで、硬派な
生き方に憧れ
頼りにされるようなそんな
人間になりたいと
思ったりした。
本当ならすぐ
役どころの小林がやってる剣道を
感化してやるはずの僕なのに
あの頃、何故か?
剣道をやりたいとは思わなかった。
なんでも形から
入ろうとする僕なのに…
きっと、ヘナチョコだったから
苦しい事は嫌だったのかもしれない。
それと、当時、スポーツといったら
「野球」だった。
その、「野球」にとって変わるほど
剣道に魅力を感じなかったのだろう。
ドラマでも人気のない
剣道部を立て直すくらいだったのだから
本来、
古来より日本の武道としての剣道、柔道に目覚め
学生時代精神を鍛え…
という流れなのだろうけど
あの頃僕はやっぱり野球だった。
なりたかった将来の職業は
「プロ野球選手」
「漫画家」
漠然とだったが
そんな夢のような考えを持ってた
甘ちゃんの僕は
「おれは男だ!」のドラマは
まさに、喝を入れてくれる
ような
兄さんや、姉さんからの
メッセージのような
感覚でみていた。
「さらば、涙と言おう」や
「男なら気にしない」
「友達よ泣くんじゃない」
というドラマからの歌は
よく、耳にした。
泣く事、クヨクヨして落ち込んで
そんな一生懸命熱く不器用だったあの時代に必要な
スパイスが沢山詰まったドラマに
流れる歌は
僕の来るべき明日の学生生活に
予習をもたらしてくれていた。
友達が泣いていたら、
泣くんじゃないと、
励ましてやれる
頼り甲斐のある男になるんだ!
泣くんじゃないと言い、
励ましてあげれる男になるんだ!
ドラマを見終わって
その胸に湧き上がる感動でそのまま
家の中で何も無かったかのように
出来なかった僕は
ドラマを見て
奮い立つ熱い気持ちをクールダウンさせるために
そのまま夕方、
日暮れの町を見ながら
少し高いアパートへ向かってた
夕焼けが見え、街を見渡せるそのアパートへ行って
夕焼けを見ながら
「友達よ泣くんじゃない」を
暮れていく街なみを見ながら
口ずさみ歌いながら、小林くんになろうとしていた。
でも、小林くんにはなれなかった僕。
剣道部には入らなかったし、
友達は誰一人泣く人がいなかった
泣いてる友達がいたら励ますのに
泣く友達はいなかった。
あんなに泣くのはドラマの中だけだったんだと
気付き始めた僕だった。
かなり多かったみたいですね😆
セリフ然り、剣道習うこと然り!
感化の極みは、女子を
「◯◯さん」でなく「◯◯くん」と呼ぶ😆
きっと、今頃、思い出したくもない
汚点かもね😆😆😆
夢がプロ野球選手か漫画家👏👏👏
この極端さがまた少年らしくて微笑ましい😆
手引書に説明書に予習のその表現、
巧いなぁ✨🤔✨と今うなっています✨👏
女子のことを
「〜さん」でなく
「〜君」つけで呼ぶこと
…になれてない僕たちは
呼びなれてない無防備なヘナチョコ男子だったから…
さまにならないばかりか
女子から失笑される始末。
なんでも真似ればいいってもんじゃないのよねぇ〜(爆)🤣