なごりおしんで
雪が降る
雪が降ってる
いや、
雪がまだ降ってない
冬、。
今年の冬も
異常気象?
イルカさんの歌う
「なごり雪」
がヒットして、
かぐや姫のレパートリー
正やんの持ち歌
本家「なごり雪」との比較もあり、
甲乙つけがたい
名曲。
♪汽車を待つ君の横で僕は
時計を気にしてる
季節外れの雪が降ってる。
このフレーズから
もう、
感動の波がわさわさと押し寄せて
くる。
季節外れの雪…
予定外の事は
人の心をかき乱す
余計な思いを増幅させたりも
する。
今年のように
降るべき雪が降らない
のもまた、不安の種
予定外
予想外。
♪東京で見る雪はこれが
最後ね…と
寂しそうに
君は呟く。
イルカさんが歌う「なごり雪」
行間に浮かぶ心象風景をうまく
歌っている。
この部分は正やんの歌う
「なごり雪」とは
決定的に響いてくるものが
伝わってくる心象風景が違う。
正やんは
♪君が呟く…
というフレーズに趣をおき、
イルカさんは
♪東京で見る雪はこれが最後ね…と
というセリフ部分に趣をおいている
やり切れないくらいの
切なさの伝わり方が
違うのだけど
やはり女性的な甘酸っぱさ
がイルカさんの歌う
「なごり雪」という歌を柔らかく
子守唄のように
聞かせてくれてもいる。
♪今 春が来て君は
綺麗になった
去年よりずっと
綺麗になった。
ここの歌い方はイルカさんは
女性のそれではなく
男性の気持ちになり変わって
歌っているようにも聞こえる。
男性の正やんでは女性の細かな気持ちのニュアンスをどうしても伝えきれずにいるし、
どうしても
その辺が
男性目線の「なごり雪」という世界観がかぐや姫の「なごり雪」は否めない。
去年よりずっと綺麗になった
のは
きっと、身も心も綺麗になったと
女性は言いたかったのかもしれない
単なる男性からみて
綺麗に素敵になった
という感想だけで終わるのではなく
女性からして自ら自分を振り返ると
去年の私より
身も心も綺麗になって
いるということなのかもしれない。
はしゃぎ過ぎた季節のあと
綺麗になった身と心で
次へ行きたかった…
でも
プロポーズが来ないまま
別れる事を決意した女性
という流れになってしまった。
プロポーズを告げれなかった
男の悔しさ
がなごり惜しい
雪と重なった
名曲となった
「なごり雪」
イルカさんの、
イルカさんで、
大ヒットした
「なごり雪」
だから
言うのではないけれど
この部分の表現は
女性でしか伝わらない
という部分。
作詞の段階でかなり女性の気持ち
になって書かれてはいるものの
いざ、歌って伝わる、伝える部分だと
いかに心情的に歌えても
心象風景まで伝えられるかが
より、その歌が大きなものに
なるのかが決まるような気がする。
「なごり雪」
この歌の世界も
異常気象
降るはずのない
季節外れの雪が降ってる
日の出来事。
落ちては溶ける
雪を見ていた…
悲しみは消えていく
思い出も消えていく
そんな儚さを雪がよく表現している。
汽車というアイテムが時代を感じるけど
あえて今風に
「汽車」を
「列車」に変えて歌ってはと
思うが…
イメージが違ってくる。
♪列車待つ君の横で僕は
時計を気にしてる〜
やっぱりここは
「汽車」なんだろうと…
「汽車」と言葉のもつイメージが
ゆっくり、時間をかけて
進んでゆく
そして力強く、蒸気で煙にまかれるように
…優しい強くそして静かに時間を割いていく感じ。
「赤いスィートピー」でも
出てくる
♪春色の汽車の乗って海に連れて行ってよ…
聖子ちゃんの頃80年代にはもう、汽車はほとんど消えていたのに、
汽車というアイテムが使われてる
「なごり雪」の頃は辛うじて
汽車はギリギリ思い出の彼方へいく手前の交通移動手段。
イルカさんの「なごり雪」は
優しく
子守唄のような甘酸っぱい
「なごり雪」
雪が降らない今年の冬に
なごり雪は
降るのだろうか?
なごり雪。
大好きな曲ですがオリジナルが「かぐや姫」だと知ったのはつい最近の事だったりします😓
そもそも「かぐや姫」の曲を知らないというのもありますが🥺
大昔にブログに書いたかもしれない勘違い話。
チューリップの「心の旅」のイメージが僕の中にこびりついていまして…
「汽車に乗って旅立つのは男」⚠️
決めつけていました😎
このシチュエーションで2番を聴いた時、物凄くホラーでした😨
確かに…心の旅も
明日の今頃は僕は
汽車の中〜ですから
汽車にまつわる
男女の立ち位置の把握違いでストーリーは迷路化しますね
〜😆
また、似たような場面設定が多かったのもあの頃だったのかもしれません。
西へ行ったり東へ旅立ったり、
木綿のハンカチーフも
汽車ではないけど列車で東へ向かうし…🤣
どれがどれやら(笑)