日々是好舌

青柳新太郎のブログです。
人生を大いに楽しむために言いたい放題、書きたい放題!!
読者のコメント歓迎いたします。

子を焼かれ髪切虫は泣いたのか   

2015年12月05日 13時54分55秒 | 日記
 鉄砲虫とは髪切虫の幼虫のことであるが、本題に入る前に少し私の思い出話にお付き合いいただきたい。

 私が生まれ育ったところは静岡県安倍郡美和村大字内牧字門村という山間の戸数九戸の小さな集落である。私が小学生の頃に静岡市に編入されて現在では静岡市葵区内牧となっている。

 低い山一つ越えたところがお茶で有名な足久保で、名僧聖一国師円爾弁円が宋から持ち帰った茶の種子を播いた処として知られている。「足久保茶」は徳川家康にも献上された由緒を誇り、所謂「本山茶」の主流となっている。

 私の生家も製茶で生計を維持していたので子供のころから茶畑の施肥や消毒、茶摘、製茶などをよく手伝ったものである。当時は今よりお茶の需要が多かったとみえて一番茶から二番茶、三番茶、四番茶、秋冬番茶と年に五回も製茶をしていた。秋冬番茶を刈取るのは十月頃であったから山の畑の柿が食べられた。

 製茶の方法には手揉み、釜煎りなどのやり方もあるが、普通は製茶機械で一連の工程を行う。先ず、生葉を高熱の蒸気で蒸す。次に葉打ち、粗揉を行い、更に揉捻、中揉、精揉、乾燥といった工程を経て荒茶が出来る。製茶は生葉中の水分を取り除くことが主な目的であるから、ほとんどの工程で熱源を必要とする。現在では重油バーナーなどが多く使用されているようであるが、私が手伝っていた頃はボイラーでは石炭や薪を焚き、精揉機や乾燥機では木炭を燃料としていた。

 昭和三〇年代までは製茶に限らず、一般家庭でも木炭を燃料に使っていたので、炭焼きが盛んに行われていた。私の両親も茶業が終わった冬場には炭焼きに専念していた。炭は冬場の貴重な現金収入にもなったし、夏場の製茶の燃料として必要不可欠だったのである。

 父は山奥の雑木林を一山幾らで買って山裾の水の便の良い場所に炭焼き窯を築くのである。その一部始終を手伝っているから炭焼き窯の築造方法も炭焼きの方法もほぼ正確に覚えているが、ここでは割愛することにしたい。

 雑木林には栗、山桜、コナラ、椎、樫、クヌギ、リョウブ、ヤマガキなど色々な樹種が生えている。それらを全て伐採すると枝を払って長さを切り揃えて集材する。

この際、小枝や炭に焼けない細い幹は静岡方言でいう「もや」つまり焚き木として利用するために長さを揃えて束ねる。

 炭の原木や「もや」を束ねるのには専ら藤蔓や葛の蔓を利用した。運搬には多く「でんしん」を利用した。「でんしん」とは田舎の呼び名で簡易な索道のことである。山の斜面へ立ち木などを利用して番線やワイヤーを一本だけ張って滑車に吊るした荷物を滑らせて送るのである。

 原木は樹種も太さも雑多であるが規格以上に太いものは斧や楔を用いて二つ割乃至四つ割りにする。炭焼きは原木を乾留することによって炭化するのであるから太さもある程度はそろえる必要がある。

 原木の中に瘤のあるものがしばしばある。クリ、ナラ、クヌギ、シイなどブナ科に属する樹木の比較的太い幹が多い。こうした瘤はシロシジカミキリ(白筋髪切)の幼虫が侵入した痕であることが多く、割ると中から大きな髪切虫やその幼虫が出てくるのである。

 シロスジカミキリは体長約五センチ、日本に生息が確認されている約九〇〇種類ほどのカミキリムシの中で最大である。触角は体長よりも更に長いからカブト虫やクワガタ虫にも遜色のない大きさであり、しかも動くときにはギィギィっと音を立てるのである。



 幼虫も成育したものは成虫と同じく体長五センチくらいで茶褐色の口の部分を除き全身白乳色をしている。丁度カブト虫の幼虫を細長くしたような感じと思ってもらえればイメージが湧くだろう。

 オーストラリア原住民アボリジニの人たちがウィッチティ・グラブという蛾の幼虫を好んで食べることはよく知られている。ニューギニアでは現地の人たちがウォレスシロスジカミキリの幼虫を好んで食べるために種の絶滅が危惧されている。他の民族でも昆虫やその幼虫を食べることは普通に行われている。私も幼い頃から蜂の幼虫などを好んで食べてきた。クロスズメバチの幼虫の炊き込みご飯などは田舎料理の中でも美味い部類に属する。

 さて、前置きが長くなったが、鉄砲虫つまりシロスジカミキリの幼虫の食べ方はそのままこんがりと焼いて食することになる。

 炭焼き窯の焚き口は間断なく燃料の薪を焚いているから高温である。焚き口の周りには石を使ってあるのだが、その石の上に物を置くと何でも加減よく焼けるのである。サツマイモなども手ごろな厚さに切って貼りつけて置くと実に美味しく焼けた。鉄砲虫もたちまちにして一丁あがりになるのだが、熱で膨らんで伸びるので砂糖を塗ってない花林糖のような形状になる。

 焼きあがった鉄砲虫の味を文章で表現するのはちょっと難しい。「あれ」に似た味だという「あれ」に心当たりがないのである。読者の方でアシナガバチの幼虫を食べたことがあるとすれば「あれ」に近いと言えるかもしれない。とろっとした舌触りと仄かな甘さである。昆虫にありがちな変な臭いなどは全く無い。蜂の子、孫太郎虫、蝗など食べられる昆虫は色々あるが鉄砲虫が一番美味いと私は思う。

 鉄砲虫の仄かな甘さの元は、昆虫が氷点下の冬を越すときに体液を氷結させないために具えているグリセリン(糖質アルコール)であることが知られている。勿論、子供の頃の私にそんな知識があろうはずもなく、寝小便に効くからなどと言われて親から無理矢理に食わされたのがことの始まりである。

 後年、安倍川の支流、藁科川の堤防で盛んにイタドリの根茎を掘り取っている男に出合った。訳を訊ねるとイタドリの根茎の中にいる鉄砲虫を探しているとのことであった。イタドリの茎にはゴマダラカミキリが寄生していることがよくある。その男は集めた鉄砲虫を下手物食いの店に卸して金に換えているような口ぶりであった。取り留めの無い話に終始したが今回はこれでお仕舞いにする。

◆ 子を焼かれ髪切虫は泣いたのか   白兎