山梨県南巨摩郡南部町にある道の駅「とみざわ」は、静岡市清水区興津から山梨県甲府市に到る国道52号線に設けられている。私はこの道の駅を身延山まで甘養亭の「みのぶまんぢゅう」を買いに行く道中でしばしば利用させてもらっている。
道の駅「とみざわ」は、名産の筍のモニュメントで有名なところであるが、そのモニュメントの脇に俳人・松崎鉄之介氏の句碑がある。黒御影石に「枳梖散るなり南巨摩郡」と刻んであったと記憶している。「枳梖」は元来漢方生薬の名前で通常は「きぐ」と読むそうであるが、この句の場合は「けんぽなし ちるなり みなみこまごおり」と読むようである。
ケンポナシはクロウメモドキ科ケンポナシ属の落葉高木で玄圃梨と書くのが普通である。英語名はジャパニーズ・レーズン・ツリーと云い、食べられる果実の形状を干し葡萄に見立てた命名である。因みに、中国では鼠李(ソリ)科の拐棗(カイソウ)というのだそうだ。東南アジア温帯一帯に広く分布し、日本では北海道の一部から九州まで自生する。
樹高は15メートルから25メートルに達し、古木の幹の直径は1メートル以上にもなる。広葉樹であるが木材としても有用で床の間材として床柱、床板、落とし掛けなどに珍重される。木理は一般的に直通だが、もめた杢目は美しいことから指物家具、テーブル、化粧単板などに利用されている。また、造作材、装飾材、家具材、器具材、彫刻材などとして広く利用されるほか、三味線の胴などの楽器材としても使われている。
花は初夏に5弁で星形の約7ミリ程度の緑白色の小花を集散花序につける。花序の軸は花後ふくらみ多肉質になる。集散花序というのは花の脇からまた枝が出て花が咲くといった状態をいう。
果実は核果で直径は約9ミリ程度、秋に紫褐色に熟す。核は直径約4ミリ程度、黒褐色で光沢がある。
秋に多肉質の果柄を集めて日干しにして乾燥させたものを生薬名で枳梖(きぐ)と呼ぶ。有効成分としては蔗糖、ブドウ糖、硝酸カリ、リンゴ酸カリ、酵素ペルオキシダーゼなどが知られている。薬効は利尿作用と二日酔いに有効であるとする。この肥大して不思議な形に曲がった果柄の部分は甘くて梨に似た味がすることからケンポナシと呼ぶのである。
名前の由来は、肥大して曲がった果肉を中国の俗名で癩漢指頭と呼び、ハンセン病に侵されて曲がった指という意味である。日本ではハンセン病で曲がった指などをテンボウ或いはテンポなどと呼んだことからテンボノナシが転訛してケンポナシになったというのが有力である。勿論、近年の特効薬の開発によってハンセン病は制圧されたのであり、この病気に対する誤解と偏見は排除されなければならないことは言うまでもない。
さて、いつもの悪い癖が出て能書きが長くなってしまったが、いよいよこれからが本題である。
私が小学生の頃のことであるが、夏休みになると毎日のように通う場所があった。ゲンちゃんの山のコナラの木である。ゲンちゃんとは隣集落の農家の当主海野源一氏の愛称である。
山裾の斜面に生えた幹の直径が20センチほどのコナラの木にはカミキリムシの幼虫が入った痕があって樹液が滲み出ていたため、カブトムシやクワガタムシやカナブンやスズメバチや蝶などが樹液を吸いに集まるのであった。その場所へ行けば必ずといってよいほど獲物にありつけたのである。
ゲンちゃんの山は雑木林になっていてコナラの他にもリョウブや樫や椎の木やヤマザクラなど多くの樹種が混在していたが、コナラの木の近くに幹の直径が30センチばかりのケンポナシの木があった。
晩秋の頃、この木の下へ行くと「けんぷん」を拾うことができた。私の故郷ではケンポナシの果実を「けんぷん」と呼んでいた。未熟な果肉には渋味が強かったと思うが、そろそろ初霜が降りようという頃になるとほんのりと甘い果汁を存分に味わえたものである。私の場合「けんぷん」は食べるというよりも口中で噛み潰して果汁を吸って残った滓は吐き出していた。
「けんぷん」を噛んだのはもう50年以上も前のことであるが味覚の記憶というものは思ったよりも鮮明である。
◆ 半世紀忘れぬ甘さ玄圃梨 白兎
道の駅「とみざわ」は、名産の筍のモニュメントで有名なところであるが、そのモニュメントの脇に俳人・松崎鉄之介氏の句碑がある。黒御影石に「枳梖散るなり南巨摩郡」と刻んであったと記憶している。「枳梖」は元来漢方生薬の名前で通常は「きぐ」と読むそうであるが、この句の場合は「けんぽなし ちるなり みなみこまごおり」と読むようである。
ケンポナシはクロウメモドキ科ケンポナシ属の落葉高木で玄圃梨と書くのが普通である。英語名はジャパニーズ・レーズン・ツリーと云い、食べられる果実の形状を干し葡萄に見立てた命名である。因みに、中国では鼠李(ソリ)科の拐棗(カイソウ)というのだそうだ。東南アジア温帯一帯に広く分布し、日本では北海道の一部から九州まで自生する。
樹高は15メートルから25メートルに達し、古木の幹の直径は1メートル以上にもなる。広葉樹であるが木材としても有用で床の間材として床柱、床板、落とし掛けなどに珍重される。木理は一般的に直通だが、もめた杢目は美しいことから指物家具、テーブル、化粧単板などに利用されている。また、造作材、装飾材、家具材、器具材、彫刻材などとして広く利用されるほか、三味線の胴などの楽器材としても使われている。
花は初夏に5弁で星形の約7ミリ程度の緑白色の小花を集散花序につける。花序の軸は花後ふくらみ多肉質になる。集散花序というのは花の脇からまた枝が出て花が咲くといった状態をいう。
果実は核果で直径は約9ミリ程度、秋に紫褐色に熟す。核は直径約4ミリ程度、黒褐色で光沢がある。
秋に多肉質の果柄を集めて日干しにして乾燥させたものを生薬名で枳梖(きぐ)と呼ぶ。有効成分としては蔗糖、ブドウ糖、硝酸カリ、リンゴ酸カリ、酵素ペルオキシダーゼなどが知られている。薬効は利尿作用と二日酔いに有効であるとする。この肥大して不思議な形に曲がった果柄の部分は甘くて梨に似た味がすることからケンポナシと呼ぶのである。
名前の由来は、肥大して曲がった果肉を中国の俗名で癩漢指頭と呼び、ハンセン病に侵されて曲がった指という意味である。日本ではハンセン病で曲がった指などをテンボウ或いはテンポなどと呼んだことからテンボノナシが転訛してケンポナシになったというのが有力である。勿論、近年の特効薬の開発によってハンセン病は制圧されたのであり、この病気に対する誤解と偏見は排除されなければならないことは言うまでもない。
さて、いつもの悪い癖が出て能書きが長くなってしまったが、いよいよこれからが本題である。
私が小学生の頃のことであるが、夏休みになると毎日のように通う場所があった。ゲンちゃんの山のコナラの木である。ゲンちゃんとは隣集落の農家の当主海野源一氏の愛称である。
山裾の斜面に生えた幹の直径が20センチほどのコナラの木にはカミキリムシの幼虫が入った痕があって樹液が滲み出ていたため、カブトムシやクワガタムシやカナブンやスズメバチや蝶などが樹液を吸いに集まるのであった。その場所へ行けば必ずといってよいほど獲物にありつけたのである。
ゲンちゃんの山は雑木林になっていてコナラの他にもリョウブや樫や椎の木やヤマザクラなど多くの樹種が混在していたが、コナラの木の近くに幹の直径が30センチばかりのケンポナシの木があった。
晩秋の頃、この木の下へ行くと「けんぷん」を拾うことができた。私の故郷ではケンポナシの果実を「けんぷん」と呼んでいた。未熟な果肉には渋味が強かったと思うが、そろそろ初霜が降りようという頃になるとほんのりと甘い果汁を存分に味わえたものである。私の場合「けんぷん」は食べるというよりも口中で噛み潰して果汁を吸って残った滓は吐き出していた。
「けんぷん」を噛んだのはもう50年以上も前のことであるが味覚の記憶というものは思ったよりも鮮明である。
◆ 半世紀忘れぬ甘さ玄圃梨 白兎