新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)が、どの動物からヒトに伝播したのかが議論されている。今後、これがヒトから別の動物に感染する可能性も考えなければならない。別の種に逃げ込んだウイルスが、将来、再び人間に感染しパンデミックを引き起こす可能性があるからだ。
コロナウイルスはイヌ、ニワトリ、ウシ、ブタ、ネコ、センザンコウ、コウモリなどの哺乳類や鳥類に感染する。世界で900種もいるコウモリは、コロナウイルス以外に何千種ものウイルスを宿しており、これが別の動物に感染する。たとえばコウモリは狂犬病ウィルスを保菌しており(発症することなく)、これに噛まれて感染すると人はほぼ100%死亡する。
SARS-CoV-2の発生源は、その遺伝子配列からキクガシラコウモリ属の一種ではないかと見られており、そこから中間宿主となったなんらかの中間種を経て人間に伝播したとされている。重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)もコウモリが最初の感染源だった。
エボラ出血熱のウィルスはオオコウモリと考えらえているが、 Saézら (2015)はココウモリの一種オヒキコウモリの可能性を指摘した。2014年、ギニアのメリアンド村でオヒキコウモリの大群が棲む木の空洞部に入って遊んでいた黒人の少年がエボラの最初の犠牲者で、そこからアウトブレイクが始まった。
(キクガシラコウモリ)
コウモリは確かに無数のウィルスを宿す「不潔」な野生動物かも知れないが、ヒトが清潔な動物かというと決してそうではない。たとえばヒトパピローマウィルス(HPV)は200以上の異なる株からなり、その全てがヒトの皮膚または生殖器の粘膜に存在する。一旦人体に入り込むと数年から一生にわたって活動を続ける。ただ、幸いな事に大多数の株は無害でわるさをしない(子宮頸ガンを起こすHPVは例外)。
帯状疱疹ウイルスは主に子どもの頃に感染し、水痘(水ぼうそう)として発症する。 多くの場合、水痘は1週間程度で治る。その後、このウイルスは脊髄から出る神経節に潜んでいる。普段は体の免疫力によってウイルスの活動が抑えられているため発症することないが、身体が弱り免疫力が低下するとウイルスは再び活動、増殖しはじめる。そして、ウイルスは神経の流れに沿って神経節から皮膚へと移動し、帯状に痛みや発疹が出る帯状疱疹を発症する。
最近になり人の網羅的DNA分析「マイクロビオーム」研究によって、これ以外にも体の中には多くの未知ウィルスが巣食っていることが明らかになりつつある。
哺乳動物でありながらヒトとコウモリは姿かたちはあまりに違う。しかし、よく似た点もある。まず、長生きという点である。哺乳類の体重とそれが持つ時間(寿命)の関係を調べるとつぎのようなアロメトリーな式がなりたつ。
T ∝ W ^(1/4)
ほとんどの哺乳動物の寿命はこの式にあてはまる直線の上にのるが、ヒトとコウモリは何故かこれから逸脱して長寿を示す。この式では、日本人だと約40歳ほどの寿命だが、実際は平均80歳ほどになっている。コウモリはネズミ(寿命は1ー2年)ほどの体重でありながら、約20-も長生きする種がいる。
コウモリが長寿な理由はよくわからないが、被捕食圧が比較的低いせいではないかと考えられる。寄生性のウィルスにとって寿命の長い宿主は、それだけ共生への安定した進化プロセスを取り易い相手である。
次に両種が似ている点は生活における高い密度である。これもウィルスにとって伝播感染するにはすばらしい好条件である。
さらに3つ目の共通点は、どちらも移動距離が大きいということである。ヒトはいまや飛行機などの文明の利器で一瞬のうちに世界を渡り歩く。コウモリも翼のおかげで広い範囲をテリトリーにして飛ぶ。これによってウィルスは羽根なしで、いたるところに飛んでいく事ができる。
こういった共通点は、ウィルスにとって都合のよい宿主としてあるということだ。もっとも、ヒトが長寿を得たのも、長距離移動が可能になったのも、近世に入ってからのことであった。ヒトとコウモリという似た者同士でのウィルスの交換が盛んにはじまったのも最近になってからのことであろう。その背景になっているのは、ヒトの生活の変化だけでなく、文明による森林の開発と破壊がある。ただ、コウモリは夜行性で洞窟などに隠れて住み着いているので人との直接の接触機会は少なく、間に媒介者が必要であった。これがヒトにおけるSARS-CoV-2感染解明の鍵になりそうである。
この中間媒介動物はヘビという説もあったが、最近ではセンザンコウではないかという説が有力である。センザンコウは様々なコロナウイルスを保有していることが知られており、東南アジア原産のマレーセンザンコウが保有するウイルス株のひとつは、今回の新型コロナウイルスと92.4%の遺伝子相同性を示す。
センザンコウの肉は、中国やベトナムでは高級食材とされている。
(センザンコウ:wiekiより転載)
SARS-CoV-2が宿主の細胞に侵入するには、ウイルスが表面に持つスパイク状タンパク質Sが動物細胞の表面にある「受容体」と強く結合する必要がある。この受容体はアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と呼ばれる膜蛋白質である。
AndersonらはNature Medicineの3月17日論文[The poximal origin of SARS-CoV-2]でSARS-CoV-2の遺伝子配列を解析した。その結果、これはコウモリのBAT-RaTG13と96%の高い相同性を示した。ところがBAT-RaTG13のACE2結合部位のアミノ酸配列RBDC-AC2R(Receptor-binding domain AC2contact residues)は、ヒトのACE2には親和性のないものであった(すなわちこれでは感染はできない)。
ところが感染能のあるSARS-CoV-2のその部分は、センザンコウのSARS様ウィルスPanglionのそれとピッタリと一致していた。これらの事実は、コウモリ由来のSARS様ウィルスがセンザンコウに感染し、そこで変異をしてSARS-CoV-2ウイルス(あるいはそのオリジン)となりヒトに感染したことを示唆する。
さまざまな動物のACE2受容体を比較することで、新型コロナウイルスに感染しうる種が多数特定された。その中にはセンザンコウ、ネコ、イヌ、ウシ、スイギュウ、ヤギ、ヒツジ、ハト、ジャコウネコ、ブタが含まれる。新型コロナウイルスはペットにもうつることがわかっている。さらに新聞報道によると米ニューヨーク市のブロンクス動物園で飼育されているマレートラやライオンが新型コロナウィルスに感染している事がわかった(京都新聞2020/04/07朝刊8面「NYのトラも」;ナショナルジオグラフィックhttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/060800343/)。
追記 1)(2020/06/03)
山内一也 『COVID-19の発生は予想外ではなかった』岩波科学 Vol90,6月号 (2020)
コウモリはヒトの感染症ウィルスの宝庫である。その一つのコロナウィルスはインフルエンザウィルスの2倍のゲノムサイズであるが、コロナウィルス同士で遺伝子の相同組み替えを起こす。1967年にはコウモリから致死率の高いマールブルグウィルスが発見されている。2018年にはブタ急性下痢症候群の原因となるコロナウィルスが見つかった。インドやバングラディシュではコウモリのニパウィルスによる感染症が発生している。
追記 2)(2020/06/25)
Sars-CoV-2の起源についてはいろいろ論議されている。
https://academic.oup.com/nsr/article/7/6/1012/5775463
追記3)(2021/05/19)
コロナウィルスの祖先は約1万年前に誕生したという説がある。農耕が本格化し人類が集団で暮し始めた頃である。約5000年前に新型コロナウィルスが属するβコロナウィルスが発生した。この頃には古代エジプトや中国で都市が発展した。ヒトのコロナウィルスNL63は紀元1200年(鎌倉時代)、229Eは1800年(江戸時代)、OC43は1900年(明治時代)に誕生したそうだ。
参考文献
本川達雄 『ゾウの時間ネズミの時間』中公新書、1992
ネイサン・ウルフ著『パンデミック新時代 :人類の進化とウィルスの謎に迫る』NHK出版、2012年
Almudena Marí Saéz et al, (2015) Investigating the zoonotic origin of the West African Ebola epidemic. EMBO Mol Med7:17-23 (https://doi.org/10.15252/emmm.201404792)
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