ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

人間という自然

2012-02-21 19:33:14 | 本を読んで
どんな学問もそうだと思うけど、

自然科学、物理学は人間が自然を知りたいと思い、

そこで法則といわれるものを探って、

世界の幸福に貢献するのが目的なんだと思う。

100年くらい前に明らかにされた量子力学や相対論によって、

この世界の在りようは、絶対的なものじゃないということがわかったということなんだろうけど、

波動関数の収縮ということをとっても、

それを工学的にわかって、いろいろ利用されているんだろうけど、

実際それはなんなんだ?が

科学者に明らかにされてない現状になっている一番の障害は、

人間という意識、観念を持つ存在を

「自然」から除外してしまっているからなんじゃないかと思う。


人間という自然が人間という自然を観測しているのがこの人間界。

いきなりでびっくりする人もあるかもしれないけど、

湯川秀樹という人にある種の関心を寄せる人が少なかったことが、

こういう現状になっている原因の一つなのかとも思った。

天才が存在しても、それを天才と見抜く人がいなかったら、

その天才は居なかったも同じになる。

湯川秀樹はノーベル賞を受賞した以上にもっと大きなことを考えていたよう。

彼の思考は物理学に留まらず、当然のように哲学と心理学に向かったのだと思う。

それを山岸さんはもっと前進させた。

それを具体的に表現する前に彼は逝ってしまった。

彼の言葉の中に(湯川秀樹)という文字があるのを、目が見てから、

心の目で見ることが出来るようになるまで、

30年近くかかった私だ。



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なにもしようとしない ★

2012-02-21 16:17:12 | ひとの幸福
人が何かをしたことで世界にいろいろな現象が起こる。

何もしないでいたら、(何も積極的に行動しなければ)、戦争も起こらない。

たくさんろくでもないことを思っても、

態度に出さなければ戦争は起こらない。

喧嘩を売らなければ相手は買うことも出来ない。

「自由でいること」で書いたけど、

やりたいことをやらないでいる自由、

しないという自由意志、(意識がそういう状態になっていること)、

それが戦争や紛争の起こらない元ともいえるかな。

けど、ムッとしてもすぐに態度に出さない、そのことが

「出してはいけない」や「出さないのがいい」という意識状態だったら、

その人自身に無理を強いることになる。

一時の無理は必ず後になって、ひずみを生む。

だけれど、自覚的に「あ、ムッとしたな、でも言わないでおこう」

・・というような意識状態だったら、

自分の意志だということが自分にわかっているので、

(自覚納得してるから)

ストレスにならない。

それは結局自分のやりたいように(しないということを)やっていることなので、

そういうのは後でひずみなんか生まれるわけないな。
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義父の入院

2012-02-21 09:36:02 | 日々の暮らし・思い出
急に95歳の義父の身体に不調が起こり、

結局入院手術という展開になった。

手術は無事終えた。よかった。

それにしても、大きな病院だったせいか、

診察受付から診察、病室への移動、

手術、集中治療室へ、で殆ど丸一日病院に居た。

帰り道、夫に出た言葉は

「疲れたね~。そう言えば一日中全部待ってる時間だったね」だった。

自分で言ってから、ホントにそうだったと思った。

どこでも待ってばかり・・の印象。

最初に行った病院では「これは今は10分くらいの手術ですよ~」などと言われていたので、

そうか、そんな短時間の手術なのかと思い込み、

「紹介先の病院で朝一で手術してくれる手はずになっている」とも聞き、

それも、そうかと思い込み、

そういう一昨日の時点では午前中には手術も終わるな、

と自分の中でなっていた。


朝一の手術と聞いてそう思いこんでいたので、

すっかりそのつもりでいたが、

待っても待ってもお呼びが無い。

義父は朝も昼も手術前の禁食とかで空腹なんだろう、何度も「めし」と。

結局午後三時半に手術室に。

ナースは「一時間か一時間半で終わりますから」と。

そこでまた、(えっ!そんなにかかるの!)とびっくり。


朝一とか、10分とか、その二つの言葉を聞いて、

その通りになると思い込んでいた私であった。

私が勝手にそう思いこんでいた・・

こうなるよ・・というのは予想、推測に過ぎないと、

頭でわかったことがある程度であって、

体得レベルではないことがよーくわかった。

朝一だと聞いていたので、

いつ来るか、いつ来るか、ずーっと待っていた。

待つ・・・?

「待つ」っていうのは行動じゃない。

その時の行動は座っていたり、食事したり、お喋りしたりしていた。

待つ っていうのは心の状態だ。

来ることがわかっているという状態になっている境地・・だな。

今日のは待っていて来たけれども、

待っていても、来ないこともある。

ホントは(未来に)来るか来ないか(なるかならないか)わからないのに、

「来る」ってなっちゃている心の状態が 待つ という奴なんだな。

・・なので、こんなに疲れたんだなぁ。

夫も疲れた、まいった、って言ってた。

いい経験だったよ。

若いイケメン執刀医が義父の事を「可愛い」と言ったそう。

うん、そういえばホントに可愛い。

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