「忘れられた女」と云う印象的な詩がある。
この世でもっとも哀れなのは忘れられた女という詩。
退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です
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先日叔父に電話をした時しみじみこう云った。
「〇〇ちゃんも(私)あれだなぁ、子供のころからずっと苦労して今、今度はお母さんを看てほんと可哀想だな~」
古い友人はこう云う。
「〇〇ちゃんもねぇ、苦労してそしてお母さんの犠牲になってねぇ、良い事なんにもないしょ。 私は結婚もしてすごく大切にされたしね幸せな時があったけど、〇〇ちゃんはそれがないしょ、可哀想だぁ~」
いやぁ~ まぁ~ なんちゅうか~ なんだけど。 そこを云うかっ!?と思うね。
親の犠牲?なんて思ってもいないし、結婚なんて関係ないし。
若い頃も、昔話をしていて「可哀想だったんだね、本にかけそうだね」と云われたことがある。
人から可哀想と云われる人間って、何だかほんとに可哀想。 災難に遭ったわけでもなく事故に遭ったわけでもなく犯罪に巻き込まれたわけでもなく、要は生まれや育ちや暮らしの有様をみて可哀想と云っている訳で・・・
別に悪い言葉ではないし私も普通に使う、だけど自身に云われてみると、変に納得+少々屈辱=
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忘れられた女より もっと哀れなのは 人から可哀想と思われる女です
ってか?