30・12・7、沿革6回目
[平戸の御行まとめ]
(1の1)
御神尊様のこれまでの、15年に及ぶ御行は、平戸の御行によって、
宗教観、信仰観、そして神観も、一挙にくつがえされました。
宗教界の、ノーベル賞といっても、過言ではありません。
さて在鮮時代、熱心な信者、田村ツネさんの紹介で、
中里家はご縁を結び、祈祷の前に、『家族、ひとつ心にならなければ、助からない』
と、説かれたのも、すでに祈祷の限界を超えた指導でした。
森田龍さんは、行中の写真12枚を、地元の写真家に頼んで撮りました。
満願のお写真もその時撮ったものです。
7才の息子さんの怪我で、入院中にご縁がありました。
その時も、『子供は、誰が助けるのか?』と聞かれ、
『私が助けます』と答えると、『よし、私が手助けしてやろう』
あくまで、介添人のようなことを言われるのです。
でも、家族が7日間、仕事も休み神殿の前で祈り、トイレ以外は、外すことはできないほど、
きびしいものでした。
時代は戦時体制とあって、常に、平戸警察署の特高警察が、
御神尊様の行動、言動に、監視の目を光らせていたと言われます。
理由は、朝鮮からのスパイで宗教家を装い、活動していると見られて、中里さんが、
呼び出されたりしました。
そこで、信望の厚かった立石歯科の奥様が、御神尊様を立派な、宗教家であることと、
これまでの事績を語り、疑いも晴れました。
のちには、特高警察からも、2〜3人ほどお話を聴きにくるように、なったといいます。
[平戸まとめ、終わり]
(1の2)
[神明の舎]これほど、言い得て妙の表現はありませんね。
まさに、御神尊様の霊的、神言でしょう。
『私を、貴方を、愛してくれ、しかも、喜ばせ、楽しませ人間らしさを、精いっぱい注いでくれる』
『夫、妻、親子、兄弟姉妹は、これことごとく神様』です。
これがわかれば、おかげは向こうからやってきます。
そもそも不運の人は、言い訳けが多くて、事情をいいます。
その結果、笑顔をなくすから、幸運を逃しています。
御神尊様 は、事情なんて吹けば飛ぶようなものと、平戸でいわれました。
『貴方が神心に目覚め、身から心から、家族を愛し、喜ばせ楽しませるならば、すなわち
貴方自身が神そのもである!』
姿なき神は、人間に姿を変え、私たちのたましいの中に、おわします。
[神は人と生まれて神となる』今、私はこれを書きながら涙がとまりません。
御神尊様は、ここに到達するまでのご苦労を偲ぶといたたまれません。
[平戸の御行により、祈念祈祷を一掃 人の心と生活を立て直しえ根本的に救う]
かくして、
[心は運命の製造者にして、生活は運命の製造所なり]の人類史上、不滅の真理を御発見いただきました。
御行のあと御神尊様は、中里辰之助氏に、このように、おもらしになられました。
『この世で何が大切か夫婦、
親子、仲良く、和やかに、<愛の生活>こそ最も大切である』と、お語りになられました。
{愛なき家庭は、暗黒なり。愛なき社会は、暗黒なり。愛なき人生は、暗黒なり。}
人間ひとりでは、生きられず。生きれるものなら、生きて見よ!といわれ、
平戸の御行なかりせば、この道なし。
[この道の発祥の地]と御命名頂きました。