『ありがとう。』
『いいえ、いつも勝手なことばかりして・・・。』
『昔、貰ったことがある。』
『覚えていてくださるのね。』
『あぁ。』
『嬉しい。』
『チョコレートの変わりに、ワインを送ってくれたこともあった。赤と白とセットで。』
『そんなことも。』
『確か、スペイン産のワインだった。』
『そんなことまで。』
『そのワインを女房と飲みながら、学生時代に行ったスペインの思い出話をした。懐かしかった。だからよく覚えている。』
『そんなことを、おしゃっていたことがあったわ。』
『その次の年には、缶入りの食べきれないほどのチョコレートが、送られてきた。』
『・・・。』
『その頃の、君の年代のおこづかいでは、分不相応な高級チョコレートだった。』
『随分背伸びをしたの。』
『ワインもチョコレートも女房といただいた。』
『あの頃の貴方の気持ちが、今、ほんの少しだけ、わかるような気がするの。』
『・・・。』
『奥様と一緒にワインを飲みながら、チョコレートをほうばりながら。』
『・・・。』
『話す会話の狭間で、貴方が奥様にいわんとする本当の言葉が、今私の耳に届くような気がするの。』
携帯が鳴った。
『俺からかけるわけにはいかない。』
いつだったか、そう言った男性の名前がサブディスプレイに示されている。かかってくるはずのない電話。もしかしたらと思わないでもなく、戸惑いながら通話ボタンを押す。
その店に集まる仲間。いつのまにか顔見知りになり、毎月おこなわれるようになった誕生会。酒呑みに甘い物はと、その頃気にいっていたワインを。男女問わず、ささやかな気持ちを込めて、仲間皆に贈ったバレンタイン。
そんなことをふと思い出し、たったひとつだけ買い求めたトリュフの箱。一枚のカードすらつけずに。
ディンクスのトレンディを気取った仲の良い御夫婦だとばかり思っていた。
本当はパパになりたがっていた男性。酔う度に、かわいがっていた甥の話。理想とする父親像。男の子とキャチボールをする、その男性の姿が浮かんだ。
誰の誕生会だったのだろう。ひどく酔った男性。いつもの穏やかな顔は影を潜め、誰とはなしにつぶやいたであろう言葉。
隣にいた私の耳にしか届かなかったはず。もしかしたら、私にだけつぶやいたのかもしれない。
『辛いことばかりなんだ。俺みたいにはなるな。』
その言葉の裏にあるものの重さを。。。
あれから暫くして、女房と別れた。既に、自分の中で音をたてはじめたものは、どんなに心の建て直しを図ったところで、どうなるものでもなかった。ただ、自分の中の音は女房には届くすべはなかった。
一方的に崩壊した心を、察するだけの関心と愛情が、女房にも欠けてはいた。
『私が何をしたというの?』
連夜浴びせられた言葉。たまたま、女房との間にはもうけることができなかった子供。
夫婦二人で暮らすには、あまりに空間をもてあます家。虚無を感じざる得なかった。
独りになり、さらにその空間は広くはなった。が、なぜだか心吹き抜ける風の冷たさは、日々薄れてはいった。
どうしても切に子供が欲しかったわけでもなかった。だが、女房と二人では家族、嫌、家庭を築きあげることが、困難極まってしまった。
一方的な思いを引きずって、常に心に付加をかけていた日々。
今朝、事務所の駐車スペースに車を止め、いつものように確認する郵便受け。
差出人の無い包み。緑のリボンのかかったそれは、あきらかにチョコレートだと認識できた。一人、ブランデーをなめながらつまむには程よいほどの。
無言のままの包みは、差出人を断定させるには十分すぎた。
=== 完 ===
『いいえ、いつも勝手なことばかりして・・・。』
『昔、貰ったことがある。』
『覚えていてくださるのね。』
『あぁ。』
『嬉しい。』
『チョコレートの変わりに、ワインを送ってくれたこともあった。赤と白とセットで。』
『そんなことも。』
『確か、スペイン産のワインだった。』
『そんなことまで。』
『そのワインを女房と飲みながら、学生時代に行ったスペインの思い出話をした。懐かしかった。だからよく覚えている。』
『そんなことを、おしゃっていたことがあったわ。』
『その次の年には、缶入りの食べきれないほどのチョコレートが、送られてきた。』
『・・・。』
『その頃の、君の年代のおこづかいでは、分不相応な高級チョコレートだった。』
『随分背伸びをしたの。』
『ワインもチョコレートも女房といただいた。』
『あの頃の貴方の気持ちが、今、ほんの少しだけ、わかるような気がするの。』
『・・・。』
『奥様と一緒にワインを飲みながら、チョコレートをほうばりながら。』
『・・・。』
『話す会話の狭間で、貴方が奥様にいわんとする本当の言葉が、今私の耳に届くような気がするの。』
携帯が鳴った。
『俺からかけるわけにはいかない。』
いつだったか、そう言った男性の名前がサブディスプレイに示されている。かかってくるはずのない電話。もしかしたらと思わないでもなく、戸惑いながら通話ボタンを押す。
その店に集まる仲間。いつのまにか顔見知りになり、毎月おこなわれるようになった誕生会。酒呑みに甘い物はと、その頃気にいっていたワインを。男女問わず、ささやかな気持ちを込めて、仲間皆に贈ったバレンタイン。
そんなことをふと思い出し、たったひとつだけ買い求めたトリュフの箱。一枚のカードすらつけずに。
ディンクスのトレンディを気取った仲の良い御夫婦だとばかり思っていた。
本当はパパになりたがっていた男性。酔う度に、かわいがっていた甥の話。理想とする父親像。男の子とキャチボールをする、その男性の姿が浮かんだ。
誰の誕生会だったのだろう。ひどく酔った男性。いつもの穏やかな顔は影を潜め、誰とはなしにつぶやいたであろう言葉。
隣にいた私の耳にしか届かなかったはず。もしかしたら、私にだけつぶやいたのかもしれない。
『辛いことばかりなんだ。俺みたいにはなるな。』
その言葉の裏にあるものの重さを。。。
あれから暫くして、女房と別れた。既に、自分の中で音をたてはじめたものは、どんなに心の建て直しを図ったところで、どうなるものでもなかった。ただ、自分の中の音は女房には届くすべはなかった。
一方的に崩壊した心を、察するだけの関心と愛情が、女房にも欠けてはいた。
『私が何をしたというの?』
連夜浴びせられた言葉。たまたま、女房との間にはもうけることができなかった子供。
夫婦二人で暮らすには、あまりに空間をもてあます家。虚無を感じざる得なかった。
独りになり、さらにその空間は広くはなった。が、なぜだか心吹き抜ける風の冷たさは、日々薄れてはいった。
どうしても切に子供が欲しかったわけでもなかった。だが、女房と二人では家族、嫌、家庭を築きあげることが、困難極まってしまった。
一方的な思いを引きずって、常に心に付加をかけていた日々。
今朝、事務所の駐車スペースに車を止め、いつものように確認する郵便受け。
差出人の無い包み。緑のリボンのかかったそれは、あきらかにチョコレートだと認識できた。一人、ブランデーをなめながらつまむには程よいほどの。
無言のままの包みは、差出人を断定させるには十分すぎた。
=== 完 ===
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