朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子   第6話

2005-03-12 16:33:24 | 流水子
『今度は町田です。』
『転勤なの?』
『21日付けの移動です。』
『急な話なのね。』
『町田に欠員。関西に、いつまでたってもなじめない俺が、補充ってところでしょう。』
『全く、頑固よね。普通、4年も関西にいれば、関西弁ペラペラになるわよ。』
『なりませんよ。俺は。意地でも。』
『それだからいつまでたっても、貴方を理解してくれる女性に廻り会わないのよ。』
『ほっといてください。そのことに関しては。』
『そうしましょう。でも、もしそんな女性が現れたら教えなさいね。』
『教えませんよ。』
『御勝手に!』
『そうします。』
『ところで、急だけど住むところはきまったの?』
『八王子です。新幹線で新横浜まで、そこから横浜線に乗り換えます。』
『姫路のことを思えば、随分近いわね。』
『出てくることがあったら、寄ってください。』
『そうね。そうしましょう。』
『是非。待ってます。』
『今度はうまくやっていけそうなの?仕事。』
『姫路よりやりやすいと思っています。』
『関西に反りがあわなくて、随分苦労したものね。』
『確かに。』
『今度は大丈夫そうね。頑張ってね。』
『ええ。』



姫路。横浜。町田。八王子。ランダムに街の名が頭の中に浮かぶ。まだ、また、この街には戻ってこれない。
『触ってもいい?触らせて。』
まるで弟のようにそう言って、私の臨月間近のお腹をそっと触った。その時、お腹の中からその手を蹴った娘(こ)は、今年16歳になる。独り、流されてきた歳月の長さと重さを思う。
母親、女房、そんな足枷が女としての何かを削ぎおとしていく。削ぎおとされた女としての皮膚を、拾い集め張り付けようとする。そんな思いが、言い表すことのできない虚しさとなる。
もう、引っ越しは終了したのだろうか?今日、異動先へ顔をだすのだろうか?カレンダーの数字に目をやり、ふと思う。
転勤はおろか、サラリーマンの生活を想像することのできない私。
熊谷、愛媛、町田。よくも西東と異動させられること。やはり、独り身、三男坊。会社も動かし易い駒なのだろう。いつまでも家庭を築かないのは、あのプライドの高さかと・・・。
メールの受信トレイを開く。4日前に送られてきたその男性からの一斉送信されたメール。
異動、転勤、転居の知らせ。
『新幹線で新横浜まで、そこから横浜線、八王子駅。徒歩8分。』




東名を東に向かっていた。生まれ育った街を通過した。20歳までその街で暮らした。それから18年、一度も住民票を戻してはいない。今も両親、長兄、妹の家族は地方都市と呼ばれるその街で暮らしている。そして俺が唯一帰る家族がある場所。
あの女性もその街から、一度も出ることなくそこに暮らしている。
携帯がメールを受信したことを知らせた。
『おはよう!引っ越しは終わったの?頑張ってね。』
日を越えての引っ越し、ヘロヘロな体。見えるはずのない処から覗いているのだろうか、睡魔に襲われそうだった。なんとなく一杯のミルクティをすすったような、そんな暖かさを感じた。返信を打つことによって睡魔は消滅した。
生まれた街から、随分東に走り、今日から暮らしていく街が近くなる。
何が待っているのだろう?などと期待を膨らませるほど、世間を知らない年齢でもない。かと言って、そんなものさと分別臭くつぶやく年齢でもないだろう。ただ、組織の中で生き抜く術だけは確実に身についていく。
仕事に打ち込むためには、そろそろ必要となるものも。

受信メールに添付された写真を開く。そこには、はにかんで笑っているあの女性がいた。


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2 コメント

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これまたっ (ともたん)
2005-03-12 22:07:15
切ないっすねぇ(T_T) るなさんのショート小説には、想像をかきたてられるところや情景が浮かんでくるようなところがすごくあって、

何度か読んでみてから、つい「続き」を考えてしまいます。



ほとんどがフィクションですか?

若干ノンフィクションのところもあるんでしょうか?





これからも、楽しみにしています。
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想像に・・・ (るな)
2005-03-13 17:45:09
どこまでいってもお遊びの域です。
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