朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子  17話

2005-07-18 08:40:01 | 流水子
『私を一人にしてください。』
『何を言っているんだ。』
『離婚してください。』
『何をバカな。』
『バカなことは言っていません。』
『そんな体で、一人でどうするというんだ。』
『だからこそ、今のあなたとは一緒にはいられないんです。』
『言っていることがわからない。』
『私がこうなっても、あなたは私と向き合おうとはしない。あなたは私を支えてくれようとはしない。』
『くだらない。』
『くだらない? あなたって人はいつだってそう。こうなっても。』
『だからなんなんだ。』
『ただ、私はあなたと二人で闘いたいと言っているの。』
『みんなで協力しているじゃないか。病院にだって娘達が交代で行っているだろ。』
『家族、ひとまとめではなく、二人で…、あなたにも一緒になって闘ってほしいの。』
『いい加減にしろ、いったい俺にどうしろと言うんだ。わけがわからん。』
『これ以上話をしても無駄ですね。そうやってあなたは、いつもいつも自分本意に物事を捕えていく。』
『…。』
『こうならなければ、お互いの価値観の違いを確認できなかった。私はわかっていた。でも、気づかない振りをしていた。そうすることで、家庭を守ろうとしてきたから。』
『俺が何もわかっていないと・・・』
『わかってしまった以上、一緒にと言うのは無理です。あなたは変わらない。』



立ち込める深い霧に包まれたように、先がみえなかった。

どうして理解しようとさえしないのか、そのことさえもわからない。
見えなかった擦れ違ってしまっていたもの。
自分を押し殺してまで、今まで支えきた。自分の中に受け入れてきた、という自負。
今度は、私を全てで支えてほしいかった。全てを受け入れて欲しかった。ただそれだけのこと。
それだけで、真っ正面から闘っていける。何も恐れずに。
今まで、一緒に生きてきたのだから、そのはずだから。
なのに…。
夫婦とういものの、契りあったものを信じようとした。育った家族から離れ、一から造りあげてきたものは、虚無の廃城と化してしまったのか。お互い、必要としあったものは、家族という空間に呑まれることにより義務のみとなってしまったのか。
見えないものに、つまずきころんだ。

残された時間ならば、もう一度生かされることができる人生ならば、今度は誰のためではなく、自分のためだけに生きよう。何に捕われることなく。煩わされることなく。自分一人の、意思と力で。今だからこそ。

『何もしなければ、半年から一年。成功率は半分。その後、可能な限りの…』
担当医の声が遠くなる。




頭の中が真っ白になった。隣で冷静に受け止めている女房が、信じられない。カンファレンスルームの白い壁ばかりが、目に入る。

わからないわけではなかった。理解しようとしないわけでもなかった。
ただ、どうしていのか、何をしていいのかがわからなかった。
何をしてやれるのか。
俺はどうなるのか。

離婚を切り出されるまで、こんなに何もかもが食い違っていることに、気が付こうともしなかった。それどころか、何もわかっていなかった。家族というものの型。夫婦の馴れ合い。
今さら俺に、どうしろというのか。病気のせいでナーバスになっているのか、それとも頭がおかしくなったのか。
『あなたは、いつでも一人称。…だから。』
最初で最後のワガママならば、せめてそれだけ。そのくらいしか、してやれることはない。
今の俺には、二人で立ち向かう勇気も気力もなかった。まして、そんな女房を支え、受け止める自信もなかった。
我ながら情けないとは思うものの、どこか肩の荷を降ろしたような感覚を認めないわけにはいかない。

全てを失ってしまう。女房も家庭も生活も。安らぎまでも。
とっぷりとつかっていた生暖かいものは、いつのまにか毛穴も縮む氷水になっていた。氷は解け、ぬるい水になっていく。


==第十七話完==


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1 コメント

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時は過ぎても (るな)
2005-07-18 09:08:38
亭主のお友達の奥様を思い出します。

看護士さんをしていた彼女は、数年前乳癌を患い星になりました。

まだ、当時幼い二人の子を残して。

夫婦間で、様々なことがあり、自分の病気のことを話し合うということができないまま時間が過ぎていきました。

困った彼女は家に電話をかけてきて、亭主はもう一人の仲のよいお友達と、駆けつけ話し合いました。

その後、しっかりと向き合うことができた二人は、一緒に闘いましたが・・・

あの時に、彼女が電話をしてこなければ、向き合うことなく、一人孤独に闘ったかも知れない彼女。

一番必要なときに、一番支えて欲しい人。



うなぎの大好きだった彼女に、土用を前に今年も送りました。

天国で、大好きなうなぎを食べながら、しっかりと大きくなっている二人のお子さんを見守っていることでしょう。
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