朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子   第10話

2005-04-02 15:38:13 | 流水子
『私です。』
『あぁ、』
『たまにメールがはいったかと思えば、業務連絡なのかしら?』
『悪い。で、本題なんだけど、メールにも少し書いたが・・。そう言う話があって…。』
『今朝ネットで調べてみたの。』
『うん。』
『とても私がお手伝いできる金額じゃないわ。』
『色々な状況を考えたとき、君のことが浮かんだんだ。一緒にやれたらいい、そう思ったんだ。』
『有難う、それは素直にとても嬉しいわ。でも本当にごめんなさい。今の私にはどうにもならないの。』
『嫌、いいんだ。他にもう一軒声をかけてある、資金ぐりのメドがたたなければ…。まだ決定というわけではないし。』
『もしも、今の私にお手伝いできるだけのものがもしもあったとしても、其所にそういったものが絡むことによって、せっかくの人間関係が壊れてしまうことが…、嫌なの。仕事だと割りきってしまうことはできるかもしれない。でも自信はないわ。』
『それは、よくわかる。』
『ごめんなさい。』
『いや、いいんだ。』
『今度は、ドキドキするような艶のあるメールをお待ちしております。』
『そういうことはやっぱり、余裕がないとなぁ。』
『そうね。でも待っているわ、いつまでも。』
『あははっ。』



電話を切った。携帯を握っていたその手が、震えているのに気付いた。
その男性の焦りや苦しみそんな想いが、まるで我事の様に、私の心の中に入りこんできた。
共鳴しあう想いなのか。あわせ鏡のように。
どうして私のところに、今。ただそれだけが頭の中を廻った。
新しい事を始める時、ましてそれが利を生む仕事だとしたら、メリット、デメリットの双方を同時に考えなければならない。
話をたたみかけて来る方は、当然メリットを並べたててくる。その中において、自分の情報と判断でいかなるデメリットがあるのか、最悪の場合までも予測し、その上での冷静な判断によって結論をださなくては、その成功は皆無とみていいだろう。
ただ、その判断を唯一狂わせるものは、現状直面の焦り、それ以外の何物でもない。
仕事は仕事。ビジネスとして割りきれるもの。そこで得ることのできる何か。失うものの大きさ。天秤にかけることのできないもの。
それがこの20年の歳月を支え続けたものだとしたならば。
何があったとしても。揺るぐことのない想い。ましてそれが一方的ではない確信のものだとするならば、なおのことだ。
其所だけは失いたくない。
私が私であるために。
『一緒…。』
頭の中で反芻されるその男性の声。だったらなぜ今・・、そう思わずには。



その女性のほうが、冷静だった。俺の焦りと女房にさえ見せることのできない苦しみを、瞬時に悟られた。気がした。
『私には、其所があるというだけで救われているのに。私は、何もできないで、此処にいる。ごめんなさい。許して。』
次の日、受信したメール。許しを乞うのは、本来ならば俺の方なのだ。そして本当に救われているのは、甘えているのは俺の方なのかもしれない。
『甘えてるの、ずっと。無条件で。』
少し酔った目で、耳うちされた日を思い出した。その女性の気遣いと、お互いへの想いの深さを再確認する。

あらゆる状況を焦りの中で考えた。どう考えてみても、一緒にその新しい仕事をやっていけると思えるのは、その女性しかいなかった。そして軌道にのれば、その女性の助けにもなるだろうと。その思いの中に邪なものが一切なかったのかといえば、それは嘘になるのかもしれない。
返事を迫られている期日は明後日。早急に返事を求めることは無理だろうと思いながらも迫られる期限。
滅多に俺から連絡を入れることはない。が、しかし。
当たり前の結果。残念と言うよりも、むしろどこかほっとした思いも事実。そんな自分自身に苦笑する。
『失いたくないの。』
耳もとの囁きを確かめながら、携帯ではなく事務所の電話のダイヤルを回す。

『例の件、…。』


==第十話完==



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