朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子   第2話

2005-02-24 09:33:08 | 流水子
『綺麗な女(ひと)ね。』
『ぅん?』
『彼女よ。さすがにダンスのお教室を持ってるだけのことはあるわね。』
『美人ていうほどじゃないだろ。』
『違うわよ。体のラインが綺麗なの。筋肉のつきかたが綺麗っていうのかしら。』
『確かにスタイルはいい。』
『とても40中ばの女性にはみえなわ。鍛えているって、そういうことなのね。』
『そういうことなのか?』
『そういうことなのよ。』
『・・・。』
『でも、家庭的な雰囲気には欠けているような、そんな感じを受けるわ。』
『突然、なんなんだ?それは。』
『別に何ってことはないのよ。ふと、今そう感じたの。ダンスの時のあの女性は、とても生き生きした印象なのよね。でも、それ以外の時のあの女性の虚無的な表情をみかけたことがあるのよ。そのことを思い出したの。女の勘ってやつかしら。』
『女の勘ねぇ。』
『そんなところ。』
『ふうん。』
『何?』
『俺、寝たことがある。あの女性と』
『そぉ。』
『一度だけな。』
『ふぅん。』
『偶然に会って、誘ったらついて来た。』
『そうなの。』
『そう。』


動揺が走った。夫の何気無いいきなりの告白。にではない。まるで他人の噂話でも聞いているかのような、その時のあまりにも冷静な自分自身に。
波風のない極平凡な、どちらかと言えば傍目には、かなり仲の良い夫婦。その夫婦の何気無い会話の途中、夫の思いもかけない突然の告白。
本来ならば、取り乱して当たり前のはず。
『何て言ったの?今。』
頭の中が、瞬時に真っ白になり、聞き返すのが本来・・・のはず。
しかし、何も感じない、感じなかった。聞き返すこともしない。
ただ、あまりに当たり前にその言葉を受け入れてしまった。
そんな以外な自分自身に、ある意味かなりのショックを受けた。
そういった予感はなかった。かといって、夫に不満がこれといってあるわけでもない。なのになぜ?
えっ、私に対して不満があったのだろうか。そんな指摘をうけたことはない。気付かなかっただけなのか。
目の前の舞台で、踊っている女性に嫉妬も覚えない。やはり其所には、私には無関係の女性。
でも、なぜ。今。
その夫の心意が掴めない。
平穏に暮らしてきた17年が、浸蝕していたことに気付いた。
気付かないふりを、演じ続けていた自分に。


どちらがどちらと言うわけではなかった。成り行き上、男の俺が誘ったにすぎない。あの日、久しぶりに行ったスナックに、あの女性は一人で来た。偶然。もちろん顔は。お互い一人だとわかり一緒に。
『女の勘』そう妻が言った。その時、ふと言葉にしてしまった。言う必要はなにもない。言わなければそれまでの事にすぎない。妻が知っていて知らない振りをしていた。それはない。
あの女性に対して愛情や同情があった。いや、かけらもない。ただの成り行き、酒のなすべきことにほかならない。その前も後も、舞台の上の女性はただその女性。
平然と言葉を受け止めた妻。しまった!とは思わなかった。が、あの妻の落ち着きはなんだ。積み上げてきたものを、崩そうとしたわけではない。
何もかもわかっている、とは言わない。が、17年の間に理解していたものは、全てが間違いだったのか。
『どんなに、家庭を作って家族になっても、夫婦はどこまでいっても他人なのよ。』
その時は気にも止めず聞き流した、妻が言った言葉を思いだした。あれは、いつのことだろう。

娘の出番が終わった。第一部の幕が降りた。

==完==

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2 コメント

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なるほど・・・ (ともたん)
2005-02-25 09:00:40
すごい!!るなさん、文才ありありですねっ!

どうしたら、こんなに書けるんでしょうか??

ますます、尊敬というか、憧れです!

次は、どんな「流水子」が登場するんでしょうか!?

楽しみにしていますが、るなさんのペースでお願いしますねっ(*^^*)
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後納得いただけましたようで。。 (るな)
2005-02-25 16:26:22
ほんのお遊びです。



お楽しみいただいているようで・・



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