朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子  15話

2005-06-18 15:39:34 | 流水子
『どう?少しは落ち着いた。』
『一段落付いたものの、なかなか。』
『そうよね。』
『自分の中で、納得できないと言うのか。消化しきれないと言うのか。』
『わかるような気がするわ。』
『心配かけ通しでしたから。』
『…』
『ずっと、離れたままでしたから。』
『そうね。』
『ぽっかり穴が空いてしまったみたいで。どうしたら、その穴を埋めることができるのか…。』
『…』
『わからないんです。』
『そう。』
『いなくなってみて、改めて親父の大きさを感じています。』
『…』
『うるさい事は何もいわない親父でした。』
『そうなの。』
『結婚しておけばよかった…。』
『どこか妥協で…』
『…』
『それだけはできなかったでしょ。』
『せめて、そのくらいの…』
『きっと、お父様、そんな気持ちでだっら…。…望んではいなかったと思うわ。』
『俺にとっては、全てにおいていい親父でした。』
『本当にいいお父様だったのね。』
『…』
『大丈夫。』
『男ですから。』
『そうね。』
『泣いているわけにもいきませんから。』
『そうね。』
『焦らず頑張ります。』
『そう。』
『ぼちぼち、…頑張ります。』



しばらく振りに入ったメールは、その男性のお父様の訃報を知らせるものだった。
いつもなら日を置かず届く返信が、どうしたわけか滞っていた。ただ忙しいばかりのことではないだろうとは思ってはいた。
が、問いただすようなメールは、なぜだか打てないでいた。気になってはいた。暫くそっとしておこうと。日がただ忙しさにまかせて過ぎていた。そんな時だった。

『一段落つくまでは、連絡を控えようと…。』
短い、事実のみを伝えてきたメールに、その男性の言い表せぬ淋しさを感じた。
何も考えず、その男性の気持ちや想いとは別に、側にいてあげたいとただ思った。無条件、そうそのまま。
そう思える人間関係が、いったい何人いるのだろうか。近くにいたとしても、すぐにでも行ってあげたいと思える人ばかりではない。また反対に、どんなに遠くともそう思える人もいる。
実際には行くことはないが、その男性は私の中でそういった感情を、沸き立たせた人だった。不思議なことに。当たり前なことに。



とある展覧会に一人、足を運んだ。一通り見終え、会場からでたその場所。一面ガラス張りの一角。静かに置かれた一対のテーブルと椅子。



音が止まっていた。ガラスの向こうの、木立ちのざわめきだけが微かに耳に届く。静かに時が止まるでもなく流れているような、一枚の写真だった。

自分の前に立ちはだかっていてくれた者が、こんなにも大きなものだったのかと。箍が外れてしまったかのようだ。失ってしまうことを、想像することすらできなかった。
長く短い月日が、衲骨という儀式として現実に過ぎていた。

転勤、引っ越し、それを気遣ってくれるメール。その度に返信を。いつものように返していたら、きっとそこにあまえ、泣き言を並べたててしまったに違いないから。
それを重荷とも、それに揶癒をいれるとも、することはないその女性。だからこそ、返せなかったメール。
そこにあまえをもっていく訳にはいかない。一人の男として。
自分に課すべきもの。ストイックに生きていくつもりはない。だが、どこかで妥協しているような生き方もしたくはない。
それが親父との唯一約束。だったから。

『生きているのではなく、生かされている。そう思い感じることによって、全てのつじつまがあうのよ。』
その時には、到底理解できなかった、その女性の言葉。
データーホルダーをもう一度開く。

==第十五話完==

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