未来の医療を語るときのキーワードと言えば、遺伝子治療と再生医学でしょうか。「うちの子は誰に似たのかしら?」多分どの家庭でもよくされるこの会話、時に夫婦げんかの種にもなりますが・・・とりあえず「遺伝子」について少し整理してみます。
1865年メンデルはエンドウ豆の交配により親から子へ形質(姿、形、性質)の伝わり方に関する重要な法則を発見しました(メンデルの法則)。しかし、実際に形質を伝える物質が何であるかは謎のままでした。1900年代に入り、バッタの生殖細胞の核内にある棒状のものが遺伝を伝える素=遺伝子ではないかと考え、細胞を色素で染めたときによく染まるところから染色体と名付けられました。やがて遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)という糖とリン酸、4種類の塩基からなることが分かりました(1944年 アベリーの実験)。そして1953年、皆さんも一度は名前を耳にしたことがあるでしょうが、ワトソンとクリックによりDNAは二重らせん構造である事が明らかにされ、これにより分子レベルでの遺伝子研究が一気に加速することになりました。
1980年代になり遺伝子に関する詳細な研究が進むにつれて、いずれ人間は生命の設計図を手に入れることができるのではないかと科学者は考えます。1990年、アメリカ政府が3000億円の予算をたてて立ち上げたのがいわゆる「ヒトゲノム計画」です。ゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)の合成語で、或る生物が持つ全ての遺伝情報を意味します。2003年にはヒトの全塩基配列を決定され、ヒトの遺伝子数は約2万2000個、対になる塩基数は約30億塩基ということが判明しました。当時のアメリカ大統領ビル・クリントンは「人類はこれまで作ったものの中で、最も価値のある地図」と自画自賛しました。しかし、実はこれは本当の解明の始まりに過ぎませんでした。
遺伝子の情報は、結局のところ生物の体を構成するタンパク質を構成するための暗号であり、ヒトのタンパク質の種類は5万から10万種類と考えられていますが、遺伝子数が2万余りなら、足りません。また全塩基対の98%がタンパク質合成暗号として意味をもっていない等、不明のままです。世界中の科学者、研究機関が莫大な費用をかけてやっとスタートラインに立てたという感じでしょうか。
一方10年以上の歳月と3000億円余りかかった人間一人のゲノム配置決定も、今では1週間ほど、費用も100万円で可能になり、今後はさらに身近になるでしょう。それに伴い、個々の遺伝子検査に基づいたオーダーメイド医療時代の幕開けと期待されます。現在遺伝子治療、ゲノム編集技術に関する特許数でアメリカが圧倒していますが、韓国もフランス、中国、ドイツに次ぎ第5位と健闘、それに伴い韓国国会でも癌など特定の疾病に制限されていた遺伝子治療研究をすべての病気に拡大する法案が推進されています。反面、やや怪しげな民間レベルでの遺伝子診断も横行しており、先述したようにまだまだ霧の中を手探りで進んでいる現実であることを理解する必要があるでしょう。
いずれにしても、将来本当の意味ですべての遺伝子情報そして、それによって合成されるタンパク質の種類や役割が解明されたなら、その人間の外観、体質、性格、未来の病気、寿命まで予想できる日が来るのでしょうか?オックスフォード大学をはじめ、最新の研究で遺伝子絶対説にかわりエピジェネティクス(epigenetics 後成遺伝学)が注目を集めています。これは遺伝子の作用はヒトが生きているあいだ常に変化しうる、そしてDNA配列はそのままでも、変化した作用、影響は次世代に伝わるというものです。つまり一定の遺伝子を持っていても環境やある刺激により遺伝子の持つ形質が発現するか、どう作用するかが決まり、その特徴や結果的に起きた変化は子供や子孫に伝わるという事実です。まさに遺伝子に運命づけられているのではなく「未来は変えられる」ということす。国をひとつの生命体と考えれば、そこに住む1人一人が遺伝子であり、戦争、平和、そして民族統一という変化も運命ではなく、様々な行動や意識によって選択できるものなのだと例えられるかも知れません。
アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲
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