中学生ぐらいの頃だろうか、一時漠然と新聞記者になりたいと考えた。きっかけは当時新聞で連載されていたコラムを読み、800字にも満たない文章が伝える世界に何かしら心に伝わる力を感じての事だったと思う。それもそのはず、当時コラム欄を執筆していたのは新聞史上最高のコラムニストと評されながら急逝した深代惇郎記者であった。彼が担当した期間は3年弱の短い期間であったが、コラム「天声人語は「天に声あり、人をして語らしむ」という中国の古典に由来の通り、世の様々な出来事、事象、事件を幅広い教養と知識から分析しつつも決して奢らず、また、何者にも媚びず、あくまで民衆の目線で言葉にした。それ故、鋭い洞察力と洗練された内容ながら文章には温かい血が感じられたのだろう。そんな記事が書けるジャーナリストに憧れた時期があった。
一方、今回日本で上映される2本のドキュメンタリー映画「共犯者たち」「スパイネーション/自白」に登場するのは、権力やそれに迎合するメディアに対する追求や、国家機関によるスパイ捏造事件の真相究明に奔走する「戦うジャーナリスト」たちである。監督は、韓国の公営放送局MBCで様々な不正、腐敗事件を暴き、名物PDとして名をはせた崔承浩(チェ・スンホ)氏。彼は2008年に誕生した李明博政権後、MBCのスクープ番組「PD手帳」での米国牛肉BSE(狂牛病)疑惑報道をはじめ政府に対する批判姿勢を貫く。2010年それまでの社長に代わり李大統領と個人的に近いとされる新しい社長の就任に伴い、様々な制作編成や人事の交代が行われ、それに反発するMBC労組は社長退陣と公営放送の正常化を訴え170日間に及ぶストを行った結果、157名が懲戒を受け崔承浩PDを含め6名が解雇されることになる(2012年)。崔承浩監督は 、朴槿恵大統領が就任する翌年、MBCのみならず、KBS、YTNなどを解雇されたジャーナリストと共に非営利民間団体としてジャーナリズムセンター「ニュース打破」を設立した。権力と資本から独立した自由なメディアとしてSNS上の呼びかけで集まった市民の会費での運営を主とし、その名前はマスコミに溢れるフェイクニュースを「打破」し検証のもと事実を伝えるニュー―スを目指すことから命名されたという。
2作品のうち「共犯者たち」は当時の保守政権下でおこなわれたとされるメディア統制の実態や、それに抵抗する崔承浩監督や同僚、仲間たちの9年間の闘いを編集したドキュメンタリ―である。ここでいう「共犯者」とは権力に追随する側についたメディア関係者を指す。映画内で崔監督が前MBC社長や編集責任者へのアポなし取材やインタビュー場面で暫し使われる「同じ記者出身として!」「言論出身なのに!」という言葉から、その憤りは権力者(=主犯)そのものに対する以上に同業者により強く注がれているのかの如く見てとれる。もう一つの作品「スパイネーション/自白」は、2012年の国家情報院による「北朝鮮スパイ捏造事件」を長期にわたる徹底的な取材をもとに追求し、真相に迫ったものだ。作品の後半で1970年代軍事政権の真っただ中、留学中にスパイ容疑で逮捕、拷問による自白強要で懲役12年の刑を受け心と体に重い障害を残した在日韓国人の金勝孝(キムスンヒョ)さんへのインタビューは痛ましく、悲しい。
全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いた小説「1984」の著者で英国のジャーナリストのジョージ・オーウェルは「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。 それ以外のものは広報にすぎない。」という言葉を残した。誰もが「言論の自由」が大切であるということに疑問を持つことない。しかし、「言論の自由」「報道の自由」は暫し多数派、力のあるもの、権力を持つものに都合が良い場合は容易である。しかし、彼らが報じたくない事柄をどう扱うかでジャーナリストとしての真価と存在意義が問われることをこの作品は示しているのではないか。
アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲
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