社会詠む 金子兜太や 夏終わる
しゃかいよむかねことうたやなつおわる
政治家も 神にもなれる 夏の果て
せいじかもかみにもなれるなつのはて
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戦後民主主義到来の日として制定されたのが1949年7月19日。
日本の新しい民主主義の到来を謳った青春映画 青い山脈が封切られたことにちなんで制定された記念日。
戦後民主主義の発展は日本が連合国によるポツダム宣言を受託してからGHQによる日本国政府を通した間接統治が始まった。
この頃GHQによる民主化指令が数多く発せられ、急速な民主化が日本において進んだ。
その中でも国民、マスメディアが注視した事柄に天皇の地位問題があった。
日本の戦争責任が天皇に帰属するのかを含め、人々の関心を集めながら事は進んだ。
1946年1月1日に昭和天皇は年頭勅書を発表し自身の神性を否定した上で従来肯定されてきた天皇を現人神とする考えは架空の観念であるとし、同時に国民と皇室の紐帯は「信頼と敬愛により結ばれる」とした。
この勅書にダグラス・マッカーサーは天皇が日本の民主化のために指導的役割を果たそうとしていることを褒め称え歓迎した。
この頃より、GHQ側は日本の円滑な間接統治を遂行するためには天皇を利用するのが適当であると結論づけ、天皇に対する戦争責任の追及を止め、
東京裁判にかけないことを決定した。
新憲法への支持 当時の国民はこの新憲法をおおむね肯定的に受け入れた。
それが現れているのが毎日新聞が1946年12月16日に行った世論調査であり、同調査では吉田政権の施策について問うていて、同調査が行った10項目のうち最も評価されたのが憲法改正であった。
憲法改正を「成功」とする回答が35%で「大体よろし」としたのが57%だった。
戦後民主主義に対する見解 「戦後民主主義や近代立憲主義によって、日本人は共同体意識に根ざした良心を失い利己主義に走り、家父長制や純潔主義などの伝統文化も破壊された」との主張が保守的な論者から唱えられている。
このような批判は、自由民主党が1955年11月に結党した際に綱領などで唱えたのを始め、1960年代には保守系の人々の間で盛んに論じられた。
こうした論者は、戦後民主主義をしばしば「左翼」として批判する。
確かに戦後民主主義は「左翼」と呼ばれる社会民主主義者や共産主義者の支持を受けている。
しかし、戦後民主主義の支持者は、必ずしも社民主義や共産主義に賛同しているわけではなく、自由主義を支持している者もいる。
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民主主義国家は世界の約半数に上っているが日本はどうなんでしょうね。
アメリカも日本も北欧よりは民主主義指数が低いようですが・・。
選挙権の年齢を18歳からにしていますが、18歳までに選挙の行使についてわからないまま押し付けられている若者たちももう少し政治のことを考えられると良いのですが。
日本の政治は健全では無いようにも思われます。
安倍さん事件のその後についても、一部分だけ見て国葬にすると云うのもおかしいような気もするし。
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昨日は晴れましたが長つづきしませんね~。
とは云っても気候変動は続いていますので、これから暑い日もやってくるかもしれません。
体温調節が上手にいかない高齢者は暑さ寒さの対策はきちんとしなくてはと思います。
そこで私の部屋にもエアコンをつけることにしました。