もこにゃんとばあば

もこにゃん もうすぐ八才(2015年生れ)
登場数は少ないですがヨロシク!にゃん

夏風呂

2022-07-26 05:39:56 | 俳句

夏風呂や窓から吹きぬ風の道

なつぶろやまどからふきぬかぜのみち

夏時間どっぷり過ごす露天の湯

なつじかんどっぷりすごすろてんのゆ

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726の語呂合わせにちなんで、夏風呂愛好家が7月26日に記念日を制定しております。

ちなみに、夏季にぬるめのお湯に浸かることは副交感神経の働きを促すため心身のリラックス効果が得られ、眠りやすくなると言われております。

加えて、入浴することは身体の内側から温まるため、エアコンなどによる夏の冷え性改善も期待できると考えられており、専門家からも推奨されております。

お風呂に入った時にしっかりお湯につかることも、夏バテ対策につながります。

「入浴と夏バテにどんな関係があるの?」と感じるかもしれませんが、実は夏の入浴にはメリットがたくさんあるのです。

入浴は心身をリラックスさせ、質の良い睡眠につながります。

実は、入浴するお湯の温度によって、身体への作用が変わることをご存知でしたか?

38℃くらいのぬるめのお湯につかることで、副交感神経が優位になります。

そうすると体がリラックスモードになり、スムーズな入眠につながりやすくなります。

また、人の身体は、体温が下がることで眠気を感じるようにできています。

眠る2時間くらい前にぬるめのお湯にゆっくりつかって、身体の「深部体温(脳や内臓など身体の内部の温度)」を一時的に上げることで、布団に入るころには深部体温が下がって寝つきが良くなります。

夏の冷えた身体を温め、血行を促進する入浴は夏バテの原因の一つとされている「夏冷え」にも効果的です。

夏は冷たいものの摂りすぎや冷房の効かせすぎなどによって、意外と身体の中は冷えてしまっています。

そういった場合でも、38℃くらいのぬるめのお湯にゆっくりつかれば、身体の芯まで温めることができますし、水圧には血行を促し代謝を高めてくれる作用があります。

夏もお湯につかることは、熱中症になりにくい身体づくりにも役立ちます。

発汗には「体の温度を下げる」という大切な役割がありますが、エアコンの効いた涼しい部屋でずっと過ごしていると、体温調節機能が衰えて汗をかきづらくなってしまうことがあります。

いざ、暑い時にちゃんと汗をかけないと、うまく体温を調整することができず、熱中症のリスクが上がってしまうのです。

そこで役立つのが入浴です。1日1回はゆっくりお湯につかることで、汗をしっかりかける身体づくりに役立ちます。

また、疲れや寝不足などの体調不良も、熱中症を引き起こす原因の一つと言われています。

入浴によって気分をリラックスさせ、しっかり睡眠を取って日々の疲れをきちんとリセットするようにしましょう。

夏のお風呂は、以下のポイントを意識してみましょう。

38℃くらいのぬるめのお湯にゆっくりつかろう、入浴中に汗をかき、身体の芯まで温まるようにしてみよう、入浴前後の水分補給も忘れずに!

暑いとついつい簡単に済ませてしまいますが、夏もゆっくりお湯につかるとメリットがいっぱい。

夏バテや熱中症に負けない身体づくりを目指して、日々入浴する習慣をつくってみましょう。

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私はあまり汗をかかない体質なのでお風呂に入ると10分はお湯に浸かっています。

10分は最低ラインなのかも知れないですね。

もう少し長く入ることにしましょう!

コロナのせいで温泉に行くことも無くなりました。

温泉大好きだったのに~!

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20日に亡くなった埼玉の知人の告別式が今日あるそうです。

埼玉までは行けませんので、こちらでご冥福をお祈りすると共に、もうきっと光の道へは行かれていることと思いますが、お祈りさせていただきます。

カナンの地から神々様の元へ!


かき氷

2022-07-25 05:29:06 | 俳句

青春の ガリガリ君とふ 氷菓かな

こんびにのがりがりくんとふひょうかかな

余したる 老人ホームの かき氷

あましたるろうじんほーむのかきごおり

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かき氷が以前は夏氷と呼ばれていたことから、語呂合わせと、7月25日は最高気温記念日になっていることから、日本かき氷協会が記念日に制定しております。

史実上の記録は平安時代に清少納言の『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ、文中では「けつりひ」)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かななまり)に入れたる」と記述されている

製氷技術のなかった当時、夏に氷を求めるにはあらかじめ冬の雪や氷を氷室で保存する以外に方法が無く、かき氷は特権階級しか口にできないものであった

1869年(明治2年)頃から氷水店が営業されるようになり、明治20年代になるとかき氷は大衆的な飲食物となるに至った

1895年夏に、氷店は、東京・横浜で「5歩に1店、10歩に1舗」といわれるほど増え、氷水は1銭、ほか氷イチゴ、氷レモン、氷しるこ等多種あった

しかし、氷削機が一般化するのは昭和期に入ってからであり、それまでは台鉋(だいかんな)を用いて削る方法が一般的であった

製氷技術については1897年(明治30年)頃以降は機械製氷が主流となった。

その後、昭和初期になって氷削機が普及して一般化した

第二次世界大戦前は、削った氷に砂糖をふりかけた「雪」か、砂糖蜜をかけた「みぞれ」、小豆餡をのせた「金時」が普通のメニューであった。

戦後、専用のいちごやレモン風味のシロップが販売されるようになって、「雪」は姿を消した。

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かき氷にも歴史があったようで面白いですね。

やっぱり夏の暑い日、特に外にいるときはかき氷が食べたくなりますね。

キーンと来る冷たさは脳の誤解でおきているようです。

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昨夜は網走で約4,000発打ち上げられた花火大会でした。

19:30頃から21:00過ぎまで打ち上げられていたようです。

私は標高83mに立っているわが家の3階からの見ました。

今年の新しい花火は打ち上げられた後、色が変化していくのが見ごたえがありました。

夏!きれぃ〜!花火大会!#北海道 #花火 #オホーツク #花火大会 - Bing video

網走花火大会 - Bing images


マチュ・ピチュ遺跡

2022-07-24 05:26:50 | 俳句

夕焼の空より 臨む遺跡群

ゆうやけのそらよりながむいせきぐん

雲海のマチュピチュ 飛び交ふ千の風

うんかいのまちゅぴちゅとびかうせんのかぜ

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1911(明治44)年7月24日、アメリカの探検家ハイラム・ビンガム氏が、アンデス山麓の尾根沿いを探索中にマチュ・ピチュ遺跡を発見しました。

標高2,430mもの高さに築かれていたとされる古代都市は、近年の研究で、マチュ・ピチュ 遺跡 都市:クスコ  標高:約3,400m  人口:約700〜750人  存在:1500年代までは存命だったことが新たに分かっております。

が、何のために作られたか?どの様に作られたのか?どんな役割があったのか?他にも都市が存在していたのか?などなど、その多くが未だ謎とされております。

加えて、アンデス一帯の文明は文字を持たなかったとされていることから、マチュ・ピチュ遺跡を読み解くのは非常に困難となっております。

また、標高3,000m以上の山頂付近に都市が築かれているにもかかわらず、灌漑設備などが整っていたことが伺える痕跡も見つかっており、さらに謎を深めております。

ちなみに、マチュ・ピチュは現地語のケチュア語で老いた峰との意味。

この都市は通常の都市ではなく、インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、田舎の別荘といった種類のものであった。

遺跡には大きな宮殿や寺院が王宮の周囲にあり、そこでの生活を支える職員の住居もある。

マチュ・ピチュには最大でも一時に約750名の住民しかいなかったと推定され、雨季や王族が不在の時の住民は、ほんの一握りであったと推定されている。

この都市はインカの王パチャクティ(Pachacuti)の時代の1440年頃に建設が着手され、1533年にスペイン人により征服されるまでの約80年間、人々の生活が続いていた。

ペルーの考古学者アルフレド・バレンシア・セガーラ (Dr. Alfredo Valencia Zegarra)とコロンビアの水利技術者ケネス・ライト(Kenneth Wright)による調査では、この都市の建設に要した努力の60%は急傾斜の城壁の見えない土台などの部分に傾注されており、降雨量の多いこの地で、積み上げられた石積みが500年もの間崩れないのは、農耕のためだけに斜面を整地したのではなかった。
 
渓谷から細かい砂と表土を運び上げ、現在見える石積みの下に、うね状に盛り上げた表層を造ったとしている。

なぜこのような急峻な山の上に造ったかという質問に対して、ラファイエット単科大学のナイルズ(Dr.Niles of Lafayette College)は、「パチャクチがこの場所を選んだのは……圧倒する景色としか答えようがありません」と言う。

イェール大学の近年の研究成果では、高地であり、かつ両側が切り立った崖上になっているため、太陽観測に最も適し、かつ宗教的理念として、太陽に近いところである、という点が場所選定の理由として挙げられている。

急斜面に位置したマチュピチュの頂上には、太陽の神殿があり、頂上にはインティワタナ(Intihuatana、太陽をつなぎ止める石)が設置されている。

夏至と冬至が正確に分かる窓があるなど、太陽を使った暦を観測、作成したとも言われている。

インカの神は日本やエジプトと同じく太陽神であるため、太陽により近い山の頂(いただき)は儀礼場として適当だった。

神殿の畑など耕作地で栽培された農作物は神への供物として栽培されていたか、神が人間に下賜されたものとして人々に食べられたか、いずれにしても宗教儀礼的意味が色濃く反映されている。

そのようないきさつから、現在、マチュピチュは宗教都市として捉えられている。

なおインカの人々にとっての神は、太陽とともに月も挙げられ、多くの遺跡には太陽神殿と月の神殿が対で祭られている。

マチュ・ピチュの太陽神殿に対しては、ワイナ・ピチュ(「若い峰」という意味で、マチュ・ピチュの背後にある尖った山)の裏手に、月の神殿が洞窟に作られている。

マチュピチュ遺跡内にはインカのシンボルでもあるコンドルの神殿がありワイナ・ピチュ側からマチュピチュ遺跡を見下ろすとコンドルの形に見える。

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一時、我が家もマチュ・ピチュに行きたい病にかられました。

夫は絶対行って見たい派で、私は千の風になってから行こうと思いました。

いって見たいところは数々あれど・・・なかなか行けないのが人の常です。

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昨日は毎日の健康づくり&元気でいるために今できる事の講演会がありました。

認知症予防としてyoutubeの活用もあるとか。

(325) 知の種 - YouTube

一度ご覧ください。


土用の丑の日・大暑

2022-07-23 05:45:43 | 俳句

夏土用 ジンギスカンに化け友へ

なつどようじんぎすかんにばけともへ

大暑とや オホツク海に 雨降れり

たいしょとやおほつくかいにあめふれり

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土用の丑の日は、土用の間のうち十二支が丑の日である。

「土用」とは五行思想に基づく季節の変わり目を意味する雑節で、四季のの四立(立春、立夏、立秋、立冬)の直前の約18日間を指す。

この期間中の丑の日は、年に平均6.09日あることになる。

一般には、夏の土用の丑の日のことを、単に土用丑の日と言うことが多い。

夏の土用には丑の日が年に1日か2日(平均1.57日)あり、2日ある場合はそれぞれ一の丑・二の丑という。

以下、夏の土用の丑の日のことを単に土用の丑の日と呼ぶこととする。

春の土用の丑には「い」、夏の土用の丑には「う」、秋の土用の丑には「た」、冬の土用の丑には「ひ」の付く食べ物をとると良いとされ(土用の食い養生)、特に夏の土用の丑の日には鰻を食べる風習が江戸時代からみられる

日本で「暑い時期を乗り切るために、栄養価の高いウナギを食べる」という習慣は万葉集にも詠まれているように古代に端を発するとされるが、土用の丑の日に食べる習慣となったのは、文政5年(1822年 -1823年)当時の話題を集めた『明和誌』によれば、安永・天明の頃(1772年 - 1788年)よりの風習であるという。

農林水産省の広報用Webマガジンでは、鰻には夏バテ予防に必要な栄養素が豊富に含まれていると紹介されている

夏の土用が大暑の数日前から始まり、大暑の間じゅう続く。

小暑と大暑の一か月間が暑中で、暑中見舞いはこの期間内に送る。

立秋以降は残暑見舞いになる。

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本日は大暑でもあり、土用の丑の日でもあります。

ウナギが大好きな私にとって最高の日ですね。

今夜は絶対うな重食べなくちゃ。

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今夜の網走の花火大会はどうなりますか?夜中から雨降りです。

一日中雨の予報90%です。

・・・無しだね。

昨日は私の部屋にエアコンが付きました。

夫は渋い顔をしていましたが、息子は賛成してくれてよかったです。

去年は部屋にいて2回熱中症になりましたし、今年も1回軽い熱中症にかかりました。

体温調節が上手く行かないようなので、これで一安心!


下駄

2022-07-22 04:57:25 | 俳句

彼の履く二の字消しゆく 土用波

かれのはくにのじけしゆくどようなみ

夏萩の 坂道のぼる女下駄

なつはぎのさかみちのぼるおんなげた

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下駄の寸法を表わすのに「七寸七分」など「7」がよく使われること 下駄で歩いた跡が「二二」に見えることを合わせて、全国木製はきもの業組合連合会が7月22日に記念日を制定しております。

夏休みなどのイベントごとが増えてくる時期でもあり、浴衣に合わせて下駄を履く機会も増えることから、日本の伝統的な履物である下駄の良さを見直してもらい、より親しんでもらうことが提唱されております。

日本には緒を用いる履物として、足を乗せる部分に木の台を用いる下駄、草や樹皮などの柔らかい材料を用いる草履(ぞうり)、緒が踵まで覆い足から離れないように踵の後ろで結ぶ草鞋(わらじ)の3つがある。

木製の草履は中国及び朝鮮半島にもあるが、日本語の下駄にあたる言葉はなく、木靴まで含めて木履という。

なお、日本人が想像しやすい二本歯の下駄は、中国・朝鮮で使用されている木履とは形が異なる別物である。

海外では、木版を使う下駄にあたる履物が古代エジプトや中東アジア・一部ヨーロッパでも使用されていた。

東南アジア・東アジアでは、稲作を行う南方地域で広く使用されており、鼻緒のある下駄は日本や中国南部の一部少数民族、東南アジアで使用されてきた。

田下駄のように大きめの板に通した紐に、足を引っ掛けて履いたもので、後に発達する「下駄」のルーツと同様の系譜と考えられている。

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高校時代は夏の通学は下駄でした、ひと夏で履き潰していました。

ぽっくりと言っていたような気がします。

下駄をはくのが大好きで60代くらいまではほぼ下駄をはいていましたが、昨今は足元がおぼつかなくなりましたのでサンダルですらはくのを止めました。

出来なくなったことや遣らなくなったことたくさんありますね。

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昨日は埼玉県の知人が亡くなったとの知らせがありました。

いつもお祈りをしていた方だったので、きっと神々様の元へ行かれたことと思います。