裁判の翌日は国立国際美術館に行き、アボリジニの画家「エミリー・ウングワレー」展を見る。初めて見る画家だったが、横溢するエネルギーに圧倒される。特に初期(といっても70代なのだが)の点描を主とした作品の集中力、密度の濃さ、色彩がもたらすリズム感やうねりに惹きつけられる。巨大なキャンパスにヤムイモの根や地割れを抽象化して描いたという作品は、明確な形をなしているわけではないが、ナスカの地上絵に通じるものを感じる。ビデオ映像を見ると地面にキャンバスを置いて描いているのだが、大地に密着して線を引きながら同時に鳥瞰的想像力が働いているようだ。地面から地下を立体的に見るのも一種の鳥瞰の視点なのだろう。60代になってから絵を描き始め、80代で亡くなるまでの間に3000点とも4000点ともいわれる作品を描いたという。初期の作品からラストシリーズにいたる変化も興味深かった。
昨日は雨の中、大阪城公園で桜を眺め、ピースおおさかに足を運ぶ。これまでにも何度か拝観したが、大阪大空襲の被害や戦時下の大阪の生活などに加えて、アジア諸国への侵略と加害の歴史をきちんと展示してあるのが、この館の良いところ。アッツ島で玉砕した山崎大佐が大本営に打った電文を見ると、そこにすでに慶良間諸島で起こったことに通じる「玉砕」の本質的意味が表れている。天皇のために命を捧げることを至上の価値とし、戦闘部隊だけでなく非戦闘員にも死を強制し全滅していく。15年戦争の末期、前線で戦う兵士たちの死を「玉砕」という言葉で美化し、あまつさえサイパンや沖縄においては非戦闘員の住民にも「玉砕」を強いていった大本営の参謀たちと昭和天皇。現地の指揮官だけでなく、自分たちは東京にいて現地の兵や住民の命を駒のように扱った彼らの責任も問われなければならない。
昨日は雨の中、大阪城公園で桜を眺め、ピースおおさかに足を運ぶ。これまでにも何度か拝観したが、大阪大空襲の被害や戦時下の大阪の生活などに加えて、アジア諸国への侵略と加害の歴史をきちんと展示してあるのが、この館の良いところ。アッツ島で玉砕した山崎大佐が大本営に打った電文を見ると、そこにすでに慶良間諸島で起こったことに通じる「玉砕」の本質的意味が表れている。天皇のために命を捧げることを至上の価値とし、戦闘部隊だけでなく非戦闘員にも死を強制し全滅していく。15年戦争の末期、前線で戦う兵士たちの死を「玉砕」という言葉で美化し、あまつさえサイパンや沖縄においては非戦闘員の住民にも「玉砕」を強いていった大本営の参謀たちと昭和天皇。現地の指揮官だけでなく、自分たちは東京にいて現地の兵や住民の命を駒のように扱った彼らの責任も問われなければならない。