長編小説「フォワイエ・ポウ」3章
著:ジョージ青木
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これがメモの内容であった。
決して上手な文字とはいい難いが、心のこもった丁寧なボールペンの筆跡である。店に入って走り書きしたものではない。このメモはたしかに事前に用意されたもの、時間をかけて何度も書換えた様子は、本田にとっては充分に伺える。
(以上、前回掲載最終文)
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開店(1)-3
世間は狭い。旧態依然とした閉鎖的な地方都市は、世間に多く存在する。H市にも独特の性格がある。
H市の世間は、確かに狭い。
本田みずから夜の商売を始めることについて、けっして隠し立てするつもりはない。かといって積極的に言いふらしたくもない。
何処で、誰と誰が、繋がっているか?
3年前に退職した会社の仕事でお世話した客は多い。近隣他県にまたがり、しかも15年の間、千人以上か?あるいはもっと多くの旅行客を取り扱い、お世話している。このメモだけで、叔父と称する人物の名前と顔が一致するはずも無く、なにがなんだか、本田にはよくわからなかった。15年間にまたがり、お世話した客の顔と名前を全て暗記する技など、持ち合わせているはずもなかった。多くの顔、多くの名前、お世話した方、いや、逆に本田がお世話になり、励ましてもらったお客様は、多かった。サラリーマン時代の本田への顧客の評価は、満点に近いものがあった。この数年間、しかし本田は意識して過去の自分を棄て去ろうとしていた。
仕入れ先の酒屋の親戚の人物が、本田のお世話した旅行客であっても、不思議ではない。事実、今の本田の動向を知っている人物が存在しているのである。
本田は励まされた。
あらためて、メモを読み直した。岡本君のさりげない心使いに、ますます好感をつのらせた。
スナック「フォワイエ・ポウ」には、元マスターの山根が残した大きな資産がある。いいかえれば、もうひとつの本田への贈物があった。それはまさに本田好み。本田にとっては、かけがえのないすばらしい遺産であった。
一体、それは何か?
マニアックな人なら大いに興味を示すシロモノ。
知る人ぞ知る、山根の遺産はたいへん豪華な音響設備なのである。大型の菓子箱を5~6段積み上げたような古式豊かなアンプ一式が、カウンターから正反対側のコーナーに組み込まれ、音響メカニックの機能美を見せ付けるが如く、今もそうとうな迫力をもって鎮座している。
電源を入れ、本田の好きなモダンジャズのテープを回し、店内に音を入れた。天井に釣上げられている巨大なスピーカーから、柔らかなトランペットの冴えた音が、出る。棘(トゲ)の刺さるような今のCDプレーヤーの音とは桁違いに滑らかに、すんなりと耳から入り、一旦入ればじんわりと、身体全体に沁み込んでくる。
(この店はジャズ喫茶ではない。だから、うるさ過ぎても賑やか過ぎてもいけない、ヴォリュームはこれでいいだろう。これでBGMのセッティングは完璧だ)
さらに店内の照明を調整しなければならない。本田の判断で、明るさは約半分以下に落とした。
手元の時計は、午後7時。
(さあ、開店だ! さあ、今からどうなるか、さっぱり分からないが、やるだけやってみよう・・・)
いよいよ本番の覚悟をした。
入り口左の壁にある一番右のスイッチを入れ、ビルの表の看板に明かりを灯した。わざわざエレベーターで一階まで降り、表入り口に立って看板を見上げた。
黒一色の中に白抜きの字で、フォワイエ・ポウ!
確かに、まちがいなく自分の店の看板に、電気がともっているのを自分の目で確認した。納得した本田は再びエレベーターで3階に上がり、店に戻った。
店に戻ったものの、また本田は迷った。
客が来るまでどうすればいいか、どこに立っていればいいのか?あるいは座っていてもいいのか?何をどうするか?開店の準備は全て整っているから、今さらあわてて準備しなければならないことは何もないのである。しかし本田は、まったく人の存在しない店の中で、自分自身の立ち居振る舞いに困っていた。
(そうだ、マスターの基本は、まずカウンターの中で立っておかなくては、立ったまま待機すべきであろう!)
カウンターの中に入る自分自身を想像するだけで気恥ずかしく、照れくさくなってしまう。あれこれと考えあぐねた結果、カウンター席の一番奥の椅子に座り、さりげなく待機することにした。
<・・続く・・>
(次回掲載予定日:3月24日金曜日)
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掲載済み「小説・フォワイエ・ポウ」を遡ってお読みになりたい方、以下各掲載日をお開き頂き、ご覧頂けます。
「第1章」
1)第1回掲載「第1章」(メタリックレッドのロールスロイス)(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載「1章」(クリームチーズ・クラッカー)(2月15日)
4)第4回掲載(2月17日)
5)第5回掲載:「1章」完(2月22日)
「第2章」
6)第6回掲載「2章」(安易な決断-1)(2月24日)
7)第7回掲載「2章」(安易な決断-2)(3月1日)
8)第8回連載「2章」(安易な決断-3)(3月3日)
9)第9回掲載「2章」(安易な決断-4)(3月8日)
10)第10回掲載「2章」(安易な決断-5)最終章(3月10日)
「第3章」
11) 第11回掲載「3章」(1開店)(3月15日)
12)第12回掲載「3章」開店(1-2)(3月17日)
<掲載画像>:(数週刊前の投稿画像と同じレストランにて、定位置撮影したものであるが、少しばかり撮影角度を違えて撮影した。スペイン・マドリッド市内にて、撮影。イベリア半島の夏場の猛暑は、いかにも厳しすぎる。そんな猛暑を少しでも凌げるよう、建物の中地階に設備された、いかにもスペイン風ローカルレストラン。煉瓦の組み合わされたレストラン内部と天上のアーチ。いかにもムーア風。中東風・アラビア風とでも言うか? スペインの中世文化を漂わすムードを演出する・・・)